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「死ぬ瞬間まで自分を成長させることはできる」 がん哲学外来の言葉

8/20(火) 7:32配信

デイリー新潮

 順天堂大学医学部教授の樋野興夫氏が創設した「がん哲学外来」。そこで行われるのは手術でも化学療法でもない。患者や家族との「対話」である。しかし、その行為によって多くの人の心が救われている。たとえ深刻な状況でも、考え方で人生は変わってくる。樋野氏の著書、『がん哲学外来へようこそ』からある日の対話を見てみよう(以下、同書より引用)。

 ***

「死ぬという大事な仕事が残っている」

 がんに限らず、病気でどのような状態にあったとしても、「いまできることは何か」に目を向けることが、生きる基軸になるということを述べてきました。

 この章では、そうした役割意識を得た人たちの例をご紹介していきましょう。

 不思議なことに、これまで対話をしてきて、そうした可能性が全く見えない人はほとんどいません。

 まだ40歳にならない息子さんが末期の大腸がんになった父親の場合もそうでした。

「息子のがんは進行が早く、転移もあって手術はできませんでした。抗がん剤治療を受けましたが、あまりの苦痛に今は治療を止めてしまっています。十二指腸、腹膜等もやられているため、口から食事がまったくとれません。今は点滴で栄養を投与しています」

──先生とはしっかり話せていますか。

「ええ、先生は良くしてくれています。ターミナル(終末期)ケアも含む、今後の治療方針についてもきちんと話し合うことができています」

──いまは息子さんは病院ですか。

「いいえ、自宅にいて、私と妻とで看病しています。独身なんです。

 じつは60代になるまで夫婦ともがん検診を受けたことがなかったのですが、息子に教えられたと思って、先日がん検診を受けてきました。娘も一緒に、連れ立って行ったんです。

 ですがこの先、ベッドで死を待つだけの息子が不憫で……。私たち家族は、何をしたらいいのでしょうか」

 状況は深刻ながら、男性はとても冷静で、声もしっかりしていました。

 私はいったんお茶を飲んでじっくり考えたあと、このように切り出してみました。

「息子さんには、死ぬという大事な仕事が残っているんですよ」

 男性ははっとして、少しの間動きを止めました。そしてはっきり言いました。

「そう、大事な仕事なんですね。息子にもそう、伝えようと思います」

 ベッドに横たわっているほかない患者には、もう何もできないと、周囲も本人も思っているかもしれません。それは違います。

 近づきつつある死に向かって、「自分はどう生ききるか」という大仕事がまだ残されているのです。

 死ぬ瞬間まで、自分を成長させることはできるのです。

 自らの品性を、贈りものとして家族や周囲の人に残していく。腹を立てたり、いやな顔をしたりしていてはプレゼントはできません。苦しみから希望を見出し、道を歩もうとする生きざまを残す。そうしてそれを記憶する人の心に生きるのです。

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最終更新:8/20(火) 7:32
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