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“戦国”の新たな主役は、三成だ!――今村翔吾『八本目の槍』

8/20(火) 7:30配信

Book Bang

 どれだけの速さで進化しているのだ。

 今村翔吾の最新刊となる本書を読んで、まず思ったことだ。それほど歴史・時代作家として、格段の進化を遂げているのである。では、何がどう進化しているのか。説明するための前提として、作者の経歴を見てみよう。

 今村翔吾は、二〇一七年に刊行した文庫書き下ろし時代小説『火喰鳥』によって、本格的に作家活動を開始。これを「羽州ぼろ鳶組」シリーズに発展させ、大きな人気を獲得する。同じく文庫書き下ろし時代小説の「くらまし屋稼業」シリーズも好評だ。二〇一八年には『童神』で、第十回角川春樹小説賞を受賞(刊行時『童の神』に改題)。権力の理不尽に抗う者たちの軌跡を描いた物語は、作者の主張がむき出しであったが、そこが魅力になっていた。以後、現代を舞台にした青春小説『ひゃっか! 全国高校生花いけバトル』、忍者と子供たちが活躍する時代エンターテインメント『てらこや青義堂 師匠、走る』を刊行。どちらも瑞々しい作品だ。

 そこに現れたのが本書である。賤ヶ岳の戦いで活躍した、羽柴秀吉子飼いの七人――いわゆる“賤ヶ岳七本槍”を主人公にした連作短篇集だ。初めての戦国小説であるが、そうとは思えないほど、威風堂々たる内容である。歴史小説用にチューニングした硬質な文章で、織田から豊臣を経て徳川という、激動の時代を生きた七本槍の興趣に富んだ人生が綴られていく。そして各話を通じて、同じく秀吉の子飼いだった石田佐吉(三成)、すなわち八本目の槍の姿が浮かび上がってくる。連作のスタイルを生かした、非常にテクニカルな作品なのである。

 もちろん、それぞれの話のレベルも高い。冒頭の「虎之助は何を見る」は、加藤虎之助(清正)が主人公。自分を武将より能吏だと思っている彼は、佐吉と共に豊臣家を支えるつもりでいた。しかし大坂から遠く離れた熊本に領地を与えられる。そこに佐吉の意思があったことを知った虎之助は、裏切られた気持ちになった。やがて朝鮮出兵が始まると、虎之助は武将としての資質も開花させる。そして佐吉の真意を理解することになるのだった。

 以下、戦場のトラウマで戦えなくなってしまった糟屋助右衛門(武則)が、関ヶ原の戦いで死に花を咲かせる「腰抜け助右衛門」、運命の女と出会った脇坂甚内(安治)の曲折に富んだ歩みを活写した「惚れてこそ甚内」と、話は進んでいく。史実にフィクションを巧みに織り込み、時には小道具を十全に使いこなしたストーリーは、どれも読みごたえあり。

 さらに、少年期の厳しい暮らしから、現実を見つめて生きてきた片桐助作(且元)の、儚き夢を描いた第四話「助作は夢を見ぬ」、加藤孫六(嘉明)の意外な正体に驚く「蟻の中の孫六」で、史実の読み替えが極まる。「虎之助は何を見る」から史実を巧みに弄っていたが、ここまでやるとはビックリ仰天である。積み重ねてきた物語があってこその奇想だが、大胆不敵に歴史を操る、作者の手際が素晴らしいのである。

 そして七本槍で唯一、大名になれなかった平野権平(長泰)の意地を輝かせた「権平は笑っているか」を経て、ラストの「槍を捜す市松」に突入。福島市松(正則)の視点で、いままでの物語を統合。徳川家康を相手に、壮大な戦を仕掛けた、石田佐吉が浮かび上がってくるのだ。

 では佐吉とは、いかなる人物だったのか。彼の求めるものは天下泰平。いや、それだけなら、他に同じことを考えていた武将は、少なからずいただろう。佐吉の凄いところは、泰平になった国家をどうするかという、グランドデザインが明確にあったことだ。戦いしか能のない武士は減らす。女性の社会進出を実現する。怜悧な天才でありながら、己の信念に従い続けた純情な男の肖像が、鮮やかに表現されるのだ。本格的にデビューしてから、まだ二年なのに、これほど成熟した作品を上梓するとは、ただただ驚嘆するしかない。

 本書一冊だけで作者は、本格的な歴史小説の書き手と目されることになるだろう。だが、そこが頂点とは思わない。どこまで作品世界を進化させていくのか、見届けようではないか。今村作品をリアルタイムで読み、その進化を実感するという、贅沢な楽しみを堪能したいのである。

[レビュアー]細谷正充(文芸評論家)
1963年、埼玉県生まれ。文芸評論家。歴史時代小説、ミステリーなどのエンターテインメント作品を中心に、書評、解説を数多く執筆している。アンソロジーの編者としての著書も多い。主な編著書に『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』『井伊の赤備え 徳川四天王筆頭史譚』『名刀伝』『名刀伝(二)』『名城伝』などがある。

新潮社 波 2019年8月号 掲載

新潮社

最終更新:8/20(火) 7:30
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