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佐藤二朗の異色の経歴、「暗黒の20代」経て大成するまで

8/21(水) 7:00配信

NEWS ポストセブン

 佐藤二朗(50)は独特の風貌と存在感を併せ持つ俳優だ。信州大学を卒業後、リクルートに就職するも1日で退社。2年後に再就職し、サラリーマン生活を送りながら俳優を目指したという異色の経歴を持つ。9月には舞台や映画の公開を控え、大忙しの日々を過ごす佐藤は、子供の頃から役者になる運命だと信じていたという。

【写真】賀来賢人らと共演する佐藤二朗

「根拠もないくせに、自信だけはあった。馬鹿ですよね。きっかけは小学校4年生の学芸会でした。『お芋がこうして生まれました』という劇で、主役はお芋。僕は脇役で、お芋を引率する猫の先生役でした。なぜか僕の台詞が台本の7割もあって。喋るたびに、客席にいた保護者が笑ってくれたのが嬉しかったんです。昔からドラマも好きで、山田太一さんや倉本聰さんが脚本を書かれた作品をよく見ていました」

 将来は役者になるという揺るぎない自信がある一方、なれるはずがないと否定するもう一人の自分がいた。育った場所は田んぼが広がる愛知県の田舎町。東京で役者として独り立ちできるとは思えなかったのだ。無難に就職して余暇で芝居をやろうと考えた佐藤は、必死で勉強して信州大学の経済学部へ進学。卒業後はリクルートに就職した。

「就職せずに劇団に入って、役者一本で食べていく勇気がなかった。1日で辞めたのは、今思えば入社式で現実を突きつけられたからじゃないかな。入社して初めて、熱意あふれる皆さんを前に、中途半端な気持ちの僕がやっていけるのかと。働きながら役者をやろうなんて甘い考えだと思い知りました。すばらしい会社に入れたというのに、大馬鹿者ですよね」

 その後2つの俳優養成所に通うが、劇団員にはなれなかった。佐藤は仕方なく「役者の適性がない」と諦め、広告会社の営業として働き始める。だが、営業成績でトップをとっても、抱き続けた夢を捨て去ることはできなかった。27歳で養成所時代の仲間と演劇ユニット「ちからわざ」を旗揚げ。仕事を終えると背広姿のまま稽古場に直行し、脚本と出演の両方をこなした。

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最終更新:8/21(水) 11:20
NEWS ポストセブン

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