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「脱・島田体制」で次代へと継承。千葉ジェッツの新たな挑戦が始まる。

8/21(水) 15:01配信

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 「千葉ジェッツを取り巻くすべての人たちと共にハッピーになる」

 この経営理念のもとで、千葉ジェッツは2012年から7期連続ほぼ増収益、8期もその勢いのまま成長を遂げることができました。

 昨季もレギュラーシーズン30試合の総観客動員数は15万6125人、売上高は17億6166万2666円(前年比124%)、経常利益も約1億71万3245円(前年比112%)とほぼすべての経営数値において、目標値を大きく上回ることができました。

 チャンピオンシップは2017-18シーズンに続く準優勝でしたが、2季連続となる東地区優勝をはじめ、多くの方々にBリーグトップクラスのクラブと認めていただけるようになりました。

クラブの成長と富樫の1億円突破。

 私は2012年に代表取締役に就任して以来、常日頃、自分の役割や任務、そして千葉ジェッツというクラブをどこまで成長させなければならないのかを頭に思い描きながら、経営を行ってきました。

 クラブが継続的に成長する中で、今年4月には第2の成長フェーズに向け、中長期新成長戦略としてアリーナの建設、そして株式会社ミクシィと資本提携を締結することを発表しました。

 私は戦略的にスポーツでビジネスをしようという積極的なクラブと地域が密着しているBリーグのような形で、「信頼ある親会社またはオーナーや責任企業」が絡むのが、これからのクラブ運営の最強モデルだと常々考えていましたが、ようやく徹底した地域密着+事業シナジーのある大企業の最強モデルを作り上げる、そのスタート地点にまでこぎつけることができました。

 さらには富樫勇樹がBリーグ日本人選手初となる(基本年俸の)1億円突破。発足から3シーズンを終えたBリーグにおいて、日本出身選手では初めてとなりますが、バスケ界の未来や可能性を多くの方に感じていただけたのではないかと自負しています。

執行責任者である社長を退くという決断。

 クラブ経営において、ここ数年は「脱・島田」を掲げ、私に依存しない会社作りを行うこと、そのためには徐々に私の色を薄めていくことが重要だと考えていました。最終的にはそれこそが、千葉ジェッツが100年続くクラブの礎になると確信していたからです。そのためにあらゆる施策を行ってまいりました。

 そして、今、このタイミングこそが、次の世代へ継承すべき“その時”なのではないかと考え、8月20日に社長を退き、副社長だった米盛(勇哉)にバトンを渡すことを決意しました。今後は、会長として一歩引いた立場から責務を果たしていく所存です。

 もちろん、この結論に至るまでには様々な紆余曲折がありました。

 現体制のまま1、2年後にバトンタッチする選択もあったわけです。しかしながら、千葉ジェッツにとって最適な選択肢は何かと考えたとき、私は米盛が代表取締役社長に就任することだと考えました。

 経営者はある程度、権限移譲して任せなければ育ちません。リスクやプレッシャー、社会的責任を考慮しても、ナンバー1とナンバー2では雲泥の差です。私が社長として残り、どんなに米盛に「思い切ってやれ」と言ったところで、私がいることでどうしても遠慮が出てしまう部分があるでしょう。

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最終更新:8/21(水) 15:01
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