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伝説のゲイバーママ「高倉健さんとは何もなかったのよ!」

8/22(木) 16:00配信

NEWS ポストセブン

 吉野ママと高倉の出会いは東京オリンピック前年の1963年。店を贔屓にしていた俳優・中村錦之助が連れてきたという。〉

 錦ちゃんが「連れが外の車で待っているから呼んできてくれ」と言うから迎えにいったけど、健さんは車も降りずに、仏頂面して帰っちゃった。初めてのゲイバーで抵抗があったのかも(笑い)。

〈再会したのは、高倉が主演を務める映画『網走番外地』の監督・石井輝男氏と一緒に来店するようになってからだ。その頃はまだぶっきらぼうだったというが、石井監督が吉野ママを一目で気に入り、その場でスカウト。同シリーズ4作目の「北海篇」(1965年公開)で、ゲイの囚人役として映画デビューすることになる。〉

 冗談かと思っていたら、オファーされた翌々日には撮影だった。ぶっつけ本番だったけど一発OKだったわ(笑い)。

 このロケの間は、健さんの部屋は旅館の「特別室」だった。その隣がなぜか私の部屋だったの。健さん、寝起きが悪いのよ。朝になると、スタッフに「およしさん、お願います!」と頼まれて、私が毎日、健さんを起こす係になっていた。特別室では、夜になると、一緒にレコードをかけてゴーゴーを踊るの。健さん、踊りは不器用だったわね(笑い)。そうやって一緒に過ごすうちにだんだん親しくなっていったのよね。

〈「毎日のように一緒にいた」という高倉は、吉野ママには銀幕の中とは違う一面を見せた。〉

 健さんは時間があると、「およし、ご飯を食べに行こう」って、南青山の私の家まで、ポルシェで迎えに来てくれて、2人で飯倉のイタリアン「キャンティ」に行く。そのあと、うちの店に来るのがお決まりのコース。健さんはお酒を飲まないから、カウンターの端に黙って座って、インスタントコーヒーを飲んでるの。私は何が楽しいんだろうと思っていたけど、健さん目当ての女性のお客さんが来るから店は大繁盛(笑い)。

 健さんは自分からは喋らないけど、私のバカ話を聞いて「お前、また男食ってるのか?」って笑ってた。

 その頃、健さんは、水前寺清子の歌が好きで『大勝負』をかけては、歌詞に聞き入りながら、ハラハラと涙を流すの。ロマンチストなのよ。

 あまりにウチに入り浸っているもんだから、健さんにあっちの噂も立っちゃって。お店で、女優の清川虹子さんに「あんた、私だけには本当のことを言って頂戴。健さんとはデキているでしょ?」と詰問されたけど、本当に私たちは何もなかったのよ!

●取材・文/宇都宮直子

※週刊ポスト2019年8月30日号

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最終更新:8/22(木) 16:00
NEWS ポストセブン

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