ここから本文です

文在寅政権で急増、大量破壊兵器転用物質流出

8/22(木) 6:00配信

JBpress

 韓国の文在寅政権は日米との安全保障面での軋轢を強め、北朝鮮、中国に対する融和姿勢を強めている。

 文在寅政権は本当に中朝との友好を前提とする安全保障政策に切り替えようとしているのであろうか? 

■ 対馬領有を主張していた韓国

 竹島についてわが国は、1905年に竹島を島根県に編入することを閣議決定し、領有意思を再確認するとともに、主権の行使を他国の抗議を受けることなく、平穏かつ継続して行ってきた。

 このことはわが国の竹島に対する領有権が、国際法に基づき合法的に確立されてきたことを示している。

 そのような合法的なわが国固有の領土であった「竹島」に対し、根拠のない領有権を一方的に主張し始め「竹島」問題を創ったのは、初代韓国大統領李承晩(イ・スンマン)である。

 1945年9月、日本占領下で日本漁船の操業海域を制限するため、その限界線を定めた「マッカーサーライン」が引かれた。

 1947年には韓国は同ラインを越えて日本漁船が操業したとの理由で、日本漁船の拿捕を開始している。

 米国の外交文書によれば、韓国はサンフランシスコ平和条約締結交渉の際に、米国に対し「対馬は韓国領土である」と、強く主張していたことが明らかになっている。

 これに対し、「対馬は日本が長期間にわたり完全に統治しており、講和条約は対馬の現在の地位に影響を及ぼさない」とし、ジョン・フォスター・ダレス国務長官顧問は、「根拠がない」と、韓国の要求を拒否した。

 韓国では2005年、わが国の「竹島の日」制定に対抗して、「対馬の日」を制定し、2008年7月、国会において「対馬返還要求決議案」を発議しており、現在も対馬の領有権を主張している。

 このように韓国には、竹島よりも早くから対馬侵略の野心があり、今も放棄していないことに、日本は警戒しておかねばならない。

 朝鮮戦争は、九州占領を企図していた李承晩大統領が韓国軍を南に集結させていたため、空白になっていた背後を北朝鮮に奇襲されて起きたものであり、芦田均首相が、警察予備隊の創設を主張したのも、韓国軍の九州占領を阻止するためであったとの、元芦田首相側近の証言もある。

 対馬領有の主張を米国に拒否された韓国の梁裕燦(ヤン・ユチャン)駐米大使が、対馬に代り竹島の領有権を持ち出した。

 これに対して米国務省は1951年8月10日付の書簡で、竹島は1905年頃から島根県隠岐支庁の管轄下に置かれており、日本固有の領土であると回答し、韓国による領有権主張を否定している。

■ 「竹島」を「征服」した韓国 韓国を増長させた日本側の穏便方針

 それにもかかわらず、韓国はわが国が主権回復するサンフランシスコ平和条約発効の3カ月前に、日米の抗議を無視して、領有権を主張し事実上の軍事境界線である李承晩ラインを一方的に宣言し、その中に竹島を取り込んだ。

 国際法に則り、日本が領有権を確立してきた竹島に対して、韓国は国際法違反の李承晩ラインを根拠に、この時期以降実力による「征服」を行った。

 「征服」による領土併合は今日の国際法では認められていない。

 また李承晩ラインの違法性は、宣言直後から米、英、中華民国などからも指摘されている。

 李承晩大統領の狙いは、竹島の領有だけではなく、折からの日韓会談に対し、「野蛮な人質外交」を展開して日本政府に国際法違反の無理な要求をのませることにもあったとみられる。

 李承晩ラインの宣言は、1952年2~4月の第1次日韓会談直前の同年1月に強行された。

 日本の主権回復、独立の直前にマッカーサーラインは消滅し、日本漁船は自由に操業できるようになっていた。

 それにもかかわらず、李承晩ラインを根拠に、韓国は日本の独立後も日本漁船の拿捕を強行した。

1/7ページ

最終更新:8/27(火) 2:35
JBpress

記事提供社からのご案内(外部サイト)

JBpress Premiumは
日本の未来を創るビジネスリーダー
のための総合メディア
JBpressが提供する有料会員サービスです。

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事