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「死ぬのが怖い」 患者の苦悩、向き合うケア広がる

8/23(金) 10:12配信

NIKKEI STYLE

欧米の病院や福祉施設では宗教者らが常駐し、患者や家族に寄り添って心の問題をケアする。病院に宗教者が入るのを忌避する傾向があった日本でも多死社会を迎え、こうした「スピリチュアルケア」が広がってきた。スピリチュアルケア師や臨床宗教師の育成が進み患者や家族を支えている。
「この患者さんは眠ったまま亡くなることに不安があるようだ」「僧侶さんの方が話しやすいかもしれない」。京都府城陽市で浄土真宗本願寺派(西本願寺)の一般財団法人が運営するあそかビハーラ病院。末期がん患者らが入院する緩和ケア病棟では毎日、医師、看護師、管理栄養士らに僧侶も加わって患者の状態や様子、家族の要望などの情報を交換するカンファレンスを開いている。
人は重病など危機に直面すると「生きる意味はどこにあるのか」「なぜこんな目にあうのか」というスピリチュアルペインに見舞われる。大嶋健三郎院長は「患者の悩みに医療者だけでは立ち向かえない。死生観や宗教観がしっかりした人材が必要」と話す。
病院には僧侶3人が常駐し、患者の散歩や食事に付き合いながら話をする。通常は僧衣を着用せず、僧侶から宗教の話をすることはない。その一人、花岡尚樹・ビハーラ室長は「患者のそばにいて会話や傾聴を通して支えるのがケア。その中で『死ぬのが怖い』などの言葉が出たときに宗教者として受け止める」と話す。毎夕、院内のホールで僧侶が念仏を唱え法話をする。患者も家族も自由参加で、布教はしない。
江戸時代はお寺が教育、医療、癒やしの役割も担い檀家や門徒の「老・病・死」の悩みに向き合っていた。今や葬式仏教といわれ、癒やしにつながる葬儀さえ簡素化が進む。一方で病気を治す場である病院で亡くなる人が8割を超え、患者や家族は満足なみとりができず、医師や看護師も心がすり減っていく。
日本では2005年の福知山線脱線事故などをきっかけに、スピリチュアルケアに関心が高まり、臨床スピリチュアルケア協会や日本スピリチュアルケア学会が設立された。11年の東日本大震災では仏教、キリスト教など宗教者が被災者のケアに当たり、医療者の意識も変わってきた。
岐阜県大垣市の沼口医院は臨床宗教師が駐在するメディカルシェアハウス「アミターバ」を運営している。月水金曜日の午後は地域住民にも開放して「カフェ・デ・モンク」を開く。入居者の山口一美さん(75)は亡くなった夫の思い出や「なぜ自分がリウマチで苦しまねばならないのか」といった悩みを担当宗教師の隠一哉さんに打ち明ける。「困ったことやうれしかったこと、何でも話ができる」と、山口さん。
沼口諭理事長は生家がお寺で医師でも僧侶でもある。地域包括ケアが進んで在宅のみとりに立ち会う機会が増え、「医師も看護師も多忙な一般の病院で本当にケアができるのか」と考えるようになった。カフェ・デ・モンクを宗教師の活動拠点とし、在宅の患者や家族から希望があれば宗教師を派遣している。
臨床仏教研究所(東京・中央)は臨床仏教師の育成などに力を入れている。同研究所の神仁研究主幹は「本来は老・病・死の苦しみに寄りそうのが仏教」と話す。東京慈恵医大病院(東京・港)では神氏ら僧侶3人が緩和ケア診療部のスタッフとして医師とともに回診や個別面談をしている。
「地縁や血縁の共同性が薄れ、ケアする新たな場が求められるようになっている」。上智大学グリーフケア研究所の島薗進所長は指摘する。うつ、引きこもり、自死などスピリチュアルケアが必要な分野は広がっており、「将来はスピリチュアルケアの場があるのが当たり前になるだろう」と島薗所長は予測する。
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最終更新:8/23(金) 12:15
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