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【WRC名車列伝その4】グループA仕様のランチア デルタ(1987-1993)はメイクスタイトル6連覇を達成

8/23(金) 18:34配信

Webモーターマガジン

いち早くグループAに対応して大きな成果

高いポテンシャルを秘めながらグループB時代にはタイトルをとれなかったランチア デルタだったが、その経験は新しいグループA時代に大きな花を咲かせることになる。
ランチアのラリーカーと言えば、多くの人が思い浮かべるのは1970年代の「ストラトス」、次に迫力のグループBマシン、「037ラリー」や「デルタS4」だろう。

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しかしWRC通算74勝のうち、最多の46勝を挙げているのは1987年からのグループA「デルタ」であり、この時代に達成されたマニュファクチャラーズ選手権6連覇は、史上最強ドライバー、セバスチャン・ローブを擁した時代のシトロエンでさえ破ることができなかった現在まで残る金字塔となっている。

相次ぐグループBの悲劇的事故を受けて、当時の統括組織であるFISAがグループB、およびその後継に決まっていたグループSを中止し、1987年からWRCの主役をグループAにすると決定したのは1986年の6月。

これをきっかけに撤退を決めた王者プジョーをはじめ多くの自動車メーカーが軌道修正を余儀なくされたが、WRCに執念を燃やすランチアはいち早くデルタHF 4WDを市販化し、新時代に備えた。

ライバルとなったのは唯一戦える4WDターボカーのベース車があったマツダのみ。しかしデルタのエンジンが2Lだったのに対し、「323(日本名ファミリア)」のエンジンは1.6L。体制・資金面でもWRCに全力投球するランチアの敵ではなく、グループB同様、アバルトが開発したグループA仕様のデルタHF 4WDはあっさりと1987年のWRCを制覇する。

しかし、いかにランチア/アバルトといえども、市販ベース車から高性能グループAを作るのは至難の技だった。なにせデルタHF 4WDの全長は、現在のWRカーのベース車の全長要件である最低3900mmより短い3885mm。これだけの小さなボディに冷却系やストロークのあるサスペンションなどのコンポーネンツを収めるのは容易でなく、これらを解決して競争力を維持し続けるために、相次いで改良モデルが投入されていくことになる。

2シーズン目の1988年前半には、エアインテークダクトを増やし、インタークーラーを大型化、トレッドも拡幅した「デルタHFインテグラーレ」が登場。念願のサファリラリー優勝を含む10勝挙げて連続タイトルを獲得する。

翌1989年の後半戦サンレモラリーからは、急速に力をつけてきたトヨタ・セリカに対抗するために、「デルタHFインテグラーレ16V」を投入。その名のとおり、16Vヘッドを持つエンジンを与えられたデルタは、無事に3年連続でマニュファクチャラーズ/ドライバーズ選手権を連覇する。

翌1990年はトヨタとの死闘の末、ドライバーズ選手権こそカルロス・サインツに奪われたが、マニュファクチャラーズ選手権は死守。1991年も同様にトヨタとの対決となったが、後半戦で振り切って再びダブルタイトルを獲得した。

大きな変化があったのはこの年の末、ランチアがワークス活動から撤退し、チーム運営がプライベートのジョリー・クラブに任されることになった。それでも、引き続きマシン開発を担当するアバルトは、ボディを拡幅したエボリューションモデル、「スーパーデルタ(デルトーナとも呼ばれる)」を1992年の開幕戦から投入。ドライバーズタイトルは再びトヨタのサインツに奪われたものの、マニュファクチャラーズ選手権6連覇を達成する。

だが、日本車の勢いはもはや抗しきれないものになっていた。この年の第11戦サンレモラリーを最後にデルタがWRCで勝つことはなくなり、翌1993年を持ってランチアの名はWRCから消えることになる。

ランチア デルタHF インテグラーレ 16V(1990)主要諸元

・全長:3900mm
・全幅:1700mm
・ホイールベース:2480mm
・車両重量:1115kg
・エンジン:直列4気筒DOHCターボ
・排気量:1995cc
・ボア×ストローク:84.0×90.0mm
・最高出力:295ps/7000rpm
・最大トルク:410Nm/4500rpm
・駆動方式:4WD
・トランスミッション:6速MT
・車両規則:グループA

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最終更新:8/23(金) 18:34
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