ここから本文です

中川翔子 中学で孤立した私を守ってくれたiMac

8/24(土) 11:12配信

NIKKEI STYLE

漫画やアニメ、イラスト、ゲーム好き――。「オタク」で「アイドル」の先駆けとして注目され、愛され続ける「しょこたん」こと中川翔子さん。中学でいじめに遭い、学校で孤立していた中川さんを支えたのは、祖母が買ってくれたiMacだった。

時代はインターネット黎明(れいめい)期。学校という閉塞された環境で傷ついた彼女を、無限に続くインターネットの世界が寄り添った。「自分の好きなことについて、いくらでも話せる人が同じ世界にいる!」。確かな実感が視野を広げ、生き延びる力をもらえたと振り返る。

◇  ◇  ◇

13歳のとき、「デジタルで絵を描けるようになりたい!」と祖母に伝えたら、買ってもらえたのがiMacです。デザインのかわいさ、ストロベリー(赤)のカラーもお気に入りで宝物でした。

学校では絵を描いているだけで「キモい!」と言われる空気だったのに、iMacを通じて出合ったインターネットの世界では、好きなゲーム、宇宙、昔の特撮映画、ジャッキー・チェンなど、ピンポイントで興味が合う人と知り合えたんです。ブルース・リーのファンサイトに行き、チャットしながら夜が明けることもありました。

インターネットがきっかけで、14歳のとき、母と一緒に参加したブルース・リーのオフ会では、出演映画のポスターを囲んだ大人たちが腕を組んで、「このときの前髪がいい」と、彼の髪形についてああだ、こうだと楽しそうに語り合っていました。「好きなことにのめり込んでエンジョイしている人がたくさんいる」「私だけが変なわけじゃなかった……」と感動したのを覚えています。iMacのおかげで、「自分の世界は学校だけじゃない」と早くから気づけたのは今でも幸運だったと思います。

■中学でいじめ。好きなことに駆け込む

私が進学した中学は私立の女子校です。すぐにいくつかグループができ、発言力の強い目立つ子たちがクラスの空気を支配しました。スクールカーストと呼ばれる階層分けやランク付けも、目に見えてできていきました。

当時はプリクラ(プリントシール)が全盛の時代。でも私はプリクラ帳を持っていませんでした。あわてて撮りに行き、おばあちゃんが和紙で作ってくれた小さいノートにプリクラを貼って持って行ったんです。

致命的なミスでした。「1人プリクラで、おばあちゃんのノート? キモい!」とボスグループの子にバカにされ、背中に冷たいものが走ったのを覚えています。恋愛やアイドルなど、自分の知らない話題を振られてもうまく立ち回ることが苦手だったこともあり、あっという間に「最下層」の位置に。

「キモい」とか「大っ嫌い」とか悪口や陰口を言われ、クラスでひとりぼっちになってしまいました。苦しすぎて吐いてしまうと『ゲロマシーン』とあざ笑われ、心はぼろぼろ。

5分の休み時間でさえ早く始業のベルが鳴ってほしくて、トイレに隠れたり、廊下のロッカーの教科書を入れ替えて忙しいフリをしたり。それがフリであることも、ひとりぼっちで恥ずかしいと思っていることも、きっと周囲にバレている。それがさらに自分をみじめな気持ちにさせました。

授業が終わると逃げ帰り、自分の部屋へ駆け込みました。絵を描いて、音楽を聴いて歌って、漫画を読んでゲームして、iMacでネットサーフィンして……。現実を守るために「好きなこと」で身を固めていたんです。

死にたいと思った夜もあったけれど、明け方まで好きなことに没頭するのは、学校でのつらいことを忘れられる唯一の時間でした。

長く学校に行かなくていい夏休みは、特にネット漬けの毎日。朝陽とともに外からラジオ体操の音が聞こえて、「午後から塾があるから寝なきゃ……」とあわててベッドに入るものの、夕方まで起きられず自己嫌悪に陥ることもしょっちゅう。ドロッとした当時の日々は、「死ぬ選択肢以外のことをして生き延びていた」との表現が近いかもしれません。iMacが1日、1日をつないでくれていたんです。

1/3ページ

最終更新:8/24(土) 11:12
NIKKEI STYLE

記事提供社からのご案内(外部サイト)

ライフスタイルに知的な刺激を。
生活情報から仕事、家計管理まで幅広く掲載
トレンド情報や役立つノウハウも提供します
幅広い読者の知的関心にこたえます。

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事