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幸せな予定外|北の喫茶店

8/24(土) 6:05配信

幻冬舎plus

本島修司

失敗した。

そんな気がする。

味は良い。雰囲気も良い。

なにより店内が、とても清潔かつ鮮やかで、綺麗だ。

ミントカラーの敷き詰められたタイルが並ぶ足元を、なぜかじっと見てしまう。 

そうやって視線を落としてしまう理由は、やっぱり自分が浮いていると思うからだ。

とても美しい床だ。

ファンシーな空間も見どころのひとつなのだろうが、顔を上げる勇気がない。前に、女子。後ろに、女子。右に、女子。左に、女子。そのため、床を見つめている。

札幌パルコの裏、シャワー通りと呼ばれる通りにある人気のお店、Last MINT。

かつて「洞窟のカフェ」と呼ばれる伝説のカフェがあった場所の隣にある、パンケーキ専門店だが、その店内は、人が集うカフェとしても最高に機能している。

しかし、ここは男が一人でフラッと来ていい場所ではないように思う。

待ち受けていたのは、強烈な「女子感」。

男一人では、無理がある。こういうカフェって、たまにある。

この日、友人との待ち合わせまでに時間があった僕は、前からすごく気になっていたこのカフェに、特に深い考えもなしに足を踏み入れてしまった。

結果、入り込んでしまった、女子だけの世界。

それでも注文を済ませてしまっている手前、あとは待つしかない状況。

手作りのパンケーキは、注文を受けてから丁寧に焼きますと書かれた張り紙も視界に入っており、あと20分、いや30分、このまま床を見つめる覚悟はできている。

ほどなくして、それは運ばれてきた。

サッポロパンケーキ。
 

それは、粉から丁寧に練られ、一枚一枚、丁寧に焼き上げられたことを実感する逸品だ。

大量の生クリームと、ナッツがベースになっているものが、このお店の最もスタンダードな形で、これを「サッポロパンケーキ」という。

クリームは、ヘーゼルナッツシロップが合わされたもので、そこにミックスナッツが散らされている。周囲を見ると、多くの人がこれを食べている。

決してネーミング負けしない、ボリュームとルックス。

 

だが、この日は、なんとなくの思い付きのまま、バナナチョコパンケーキを注文。

こちらはさらに、ボリュームが凄い。

サッポロパンケーキより、さらに「盛られた感」がある。

バナナをまるごと一本使用し、生クリームをたっぷりと乗せて、チョコジェラートが添えられている。その上から刻みチョコをかけて、ミックスナッツも散らされている。

ギブアップと言っているプロレスラーに、トドメをさすかのようなトッピングだ。

同時に、注文していた珈琲も置かれた。

名店、寿珈琲が焙煎した、mintオリジナルブレンドの豆を使用した一杯だと、メニュー表に記されてある。

先にひと口すすってみると、スッキリと飲みやすく、美味しい。

いよいよと、ナイフとフォークで、パンケーキに口を付ける。

なんという美味しさだ。

このお店のパンケーキは、どれも“ふわふわ”という言葉が、あまりにも良く似合う感触だ。

フォークでつつくと、生地はふわふわで、生クリームも、ふわふわだ。

笑ってしまうほどに美味しいそれは、口の中でもふわふわと踊る。そして、このボリューム。

周囲をチラッと見渡すと、女子は食べきっているものの、女子に連れてきてもらったと思わしき男性は、やっぱり残している。女子の方が甘い物に強い。

友人とはこの後、夕飯を共にする予定だった。

これはパンケーキを残さないと、完全にご飯なんかお腹に入らなくなるぞと自分に言い聞かせるが、このふわふわな美味しさに、どんどんこちらが飲み込まれていく。

食べきってしまい、夕飯は諦めた。

心の中で友人に「ごめん」と謝罪をする。

数年前、急激に巻き起こったパンケーキブームの時に、流行に背を向けるようにしてあえて避けていた自分が、ちょっとばかみたいに思えてしまう。それほどに美味しい。

最近は、流行のものを、意図的に避けないようになっている。

流行も、ある程度乗っかって楽しむ方がいいと思うようになったのは、少し大人になったからか、単に年をとったからか。
するつもりのなかった予定外の行動が、「意外な楽しい」を作る種になると、少しだけわかってきたからか。

ただ、ここのパンケーキは「流行から生まれて生き残った」という感じはしない。

むしろ、味と見た目と、この空間で、実力勝負をしてきたことを感じる。

ミントカラーのファンシーな空間で、本当に美味しいパンケーキを作り続けることで、長くこの場所にあるのだと思う。

周囲にいるたくさん女性客の笑顔が、それを物語っている。

海外のホテルをイメージして作られたというこの建物は、非日常を超えた、現実を忘れられる世界だった。

ハッカ生産日本一の町、北海道滝上町のミントを使用しているというメニュー、「ミントパフェ」も、とても気になる。

思いがけず、予定外にお腹いっぱいになってしまったが、とても幸せな予定外だ。

お腹の中が、ふわふわだ。

食事系のパンケーキにすればよかったとは、なぜか思わなかった。

ただ「なんとなく」で行動すれば、人は、予定外なことに遭遇する。

時に、幸せな予定外にも。

レジで支払いを済ませて、ドアを開けた。

「またいらしてください」。

男一人でも、来ていいようだ。

 

Sapporo Pancake & Parfait Last MINT
北海道札幌市中央区南二条西3丁目12-2 トミイビルNO.37 2F


■本島修司
北海道生まれ。文筆家。大学在学中から、物を書くこと中心の暮らし。エッセイ、仕事論、競馬論などを中心に執筆。
主な著書に、『自分だけの「ポジション」の築き方』(WAVE出版)、『競馬 勝者のエビデンス』(ガイドワークス)、『この知的推理ゲームを極める。』
『Cafe’ドアーズと秘密のノート』(総和社)など。
■本島修司 公式ホームページ:http://motojimashuji.com/

最終更新:8/26(月) 12:05
幻冬舎plus

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