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“数十年” 使えるヘッドホン誕生! 約3万円で買える基準機、ソニー「MDR-M1ST」レビュー

8/24(土) 6:30配信

PHILE WEB

■待望の新スタジオモニターヘッドホン!MDR「ST」新世代モデルが登場

時代が平成へと移り変わった1989年。その年に登場して以降、国内スタジオモニターヘッドホン分野における圧倒的な定番、デファクトスタンダード的な地位にあり続ける名機、それが「MDR-CD900ST」だ。純粋な性能だけではなく、現在に至るまで補修パーツが問題なく供給され続けている継続性など、製品としての在り方までを含めて、これぞ真のプロユース機と言える存在である。だからこそプロならぬ多くのヘッドホンファンにも愛され続けている。

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MDR-CD900STは使いどころさえ適正であれば、その実力は現在においても十分に通用する。しかし、現在の最新技術をもって全く新規に設計すれば、今求められている様々な要素に幅広く応えられる、新たなモニターヘッドホンを生み出すことも可能なのではないか……

そして2019年、時代が“令和”となった今、他ならぬソニーおよびソニー・ミュージック自身がその期待に挑み、そして具現化させた新たなモニターヘッドホンが登場する。

それが「MDR-M1ST」だ。税抜3万1500円で8月23日発売予定。

ポイントは「MDR-CD900STを置き換えるものではない」というところ。900STもM1STと並び、今後も継続販売される。

900STを完全に置き換える製品となると、そのモデルには音や装着感を筆頭に、あらゆる面で「900STらしさ」を強く継承することが求められたはずだ。

しかし、それは設計における制約事項となる。900STからの継承を強く意識すればするほど「現在の技術をもって『全く新規に』設計する」ことはできなくなってしまうのだ。

仮にそこまでしたとしても、それはやはり900STそのものではないわけで、900STを今後も使い続けたい、導入し続けたいと考えるユーザーからの不満は避けられなかったかと思う。

900STは900STとして継続し、新モデルは「900STとは別の新たな選択肢」として提供するという今回の方針は、900STにとってもM1STにとってもベストなものだったと言えるだろう。

■現代ソニーヘッドホンの技術で、現代モニターヘッドホンの要求を満たす

そうして誕生した「MDR-M1ST」であるが、その外観の印象としては、コンシューマー向けリスニングヘッドホン「MDR-1A」シリーズと近しいものを感じる方も多いことだろう。「MDR-1Aをベースに900STの要素も盛り込んだハイブリッドなルックス」と感じる方もいるかもしれない。


だが、M1STは1Aシリーズをベースに開発されたというわけではない。それでいて「結果的に」似た雰囲気を纏うことになったのには理由がある。

M1STには1Aシリーズを筆頭に、近年のソニーハイエンドヘッドホンで確立された技術が導入されており、またM1ST開発の中心を担った潮見俊輔氏は、MDR-1A、そしてMDR-Z1R、MDR-Z7M2の開発においても活躍したエンジニア。つまり恣意的に別のデザインに仕立て上げようとしない限りは、結果として共通性のあるデザインに到達するのは自然なことなのだ。

■サウンドのみならず、使い勝手も現代的に進化

それでは早速、現代ソニーヘッドホンから継承する技術面を確認していこう。

まず、いきなりカタログ等には明記されていない部分であり、これは推測になるのだが、現代ソニーヘッドホンの低域制御の要である「ビートレスポンスコントロール」は、それそのものではないにしても、そこで得られたノウハウは本機にもがっつり投入されているように思える。

というのも、ハウジングを見るとMDR-1AM2とほぼ同じ場所にポートが配置されている。また、堅実に制御しつつ豊かな力感や弾性を感じさせる低音という実際のサウンドの特徴も、ビートレスポンスコントロール採用モデルと共通する感触だ。

技術的なところは筆者の推測でしかないが、実際の音としても、近年のソニーヘッドホンの低音表現が好みの方には、M1STの音質も違和感なくフィットするかと思う。

イヤーパッドは、薄くペタリとした感触が特徴的だった900STの付属品から大きく変化し、耳への圧迫感を低減する「立体縫製イヤーパッド」となっている。ここは完全に、MDR-1Aシリーズなどから継承するところだ。

ただし実際にMDR-1AM2と比べてみると、用途に応じての設計の違いはこのイヤーパッドにも見られる。M1STのイヤーパッドは1Aのシリーズのイヤーパッドよりも薄めなのだ。


900STよりは厚くて立体縫製なので装着感は向上、でも1Aよりは薄いので、1Aほど耳をふわっとすっぽり覆う感触にはなっておらず、900ST的に耳をぺったりと覆う感触も残されている。

この「やや薄め」イヤーパッドには、900STとの装着面での違和感を減らす狙いもあるのかもしれないが、音質チューニングの一環でもあるはずだ。そんな単純な?と思うかもしれないが、音との距離感を近くするモニター的な音作りには、イヤーパッドを薄めにして耳とドライバーの距離を近付けることも効果的。実はそこは、900STの音作りにおける要点として、その開発を担当した投野耕治氏が挙げているポイントでもある。

機構面では、可動部にシリコンリングを用いてガタつきとそれに伴うノイズを低減する「サイレントジョイント」の技術を、M1STにも大々的に導入。「スイーベル機構」によるフラット収納が可能になった点は、折りたたみ的な機構を持たなかった900STからすると、地味だが嬉しい進化と言えるだろう。

ちなみにこのスイーベル機構。コンシューマー機では持ち運び時などのコンパクト収納モード的な便利さを想定して採用されているものかと思う。

だがプロ機であるこちらでは、便利さのポイントが違う。本機におけるスイーベル機構は「薄くなれば大量のヘッドホンをずらっと並べて吊るしておく際により詰めて並べられて省スペース!」という、スタジオ側からの要望もあって採用されたものとのことだ。なるほど納得。

MDR-1Aシリーズと共通し、900STからは進化となる機構面のポイントとしては「着脱式ケーブルの採用」も大きい。業務機なので基本的には、耐久性と補修性の向上が主な目的だ。ケーブルにおいて最も破損しやすい付け根部分を、スクリューロック式の頑丈な着脱機構に置き換えることで耐久性をアップ。そして着脱式なのでケーブルのどこかが破損した場合にも迅速に交換可能!というわけだ。

もちろん、いわゆる「リケーブル」が可能になることの意義も大きい。業務用途であっても例えば、使いどころによっては標準付属ケーブルの3mという長さでは取り回しが不便で、もっと短いケーブルに交換したくなる場合もあるだろう。

オーディオファンとしてはケーブル交換による音質調整、バランス駆動対応などが可能になることは嬉しいはずだ。そしてこの部分の端子、MDR-1Aシリーズと同じく3.5mm/4極端子でピンアサインも共通。1A用に提供されているリケーブル製品はおおよそ流用可能だろう。

スクリューロック式であることは、カスタマイズ要素としても面白いかもしれない。このロック機構を巧く用いれば、例えばハウジングと一体化するようなBluetoothレシーバーを合体増設することもできたりしないだろうか。

後述するが、このMDR-M1STは何十年も製造供給し続ける前提で開発されたモデル。となればカスタマイズのプラットフォームとしても有望なのではと思う。Bluetoothレシーバーは無理だとしても、サードパーティー製イヤーパッドなど各種カスタマイズパーツの充実も期待したい。

■何十年単位の継続を前提とした設計

MDR-M1STは、数年でモデルチェンジされがちなコンシューマー製品とは異なり、MDR-CD900STと同じく今後何十年も変わらぬ定番として製造し続けていけるような設計になっている。「何十年も製造供給続ける前提で開発されたモデル」なのだ。

例えば振動板素材の選択。ソニーのコンシューマー向け現行ハイエンド機だと、MDR-1AM2とMDR-Z7M2はアルミニウムコートLCP振動板を採用。超ハイエンドのMDR-Z1Rは加えてドーム部に薄膜マグネシウムを採用。それらは振動板としてより理想に近い物性を備えているわけだが……

MDR-M1STは特段そのように特徴的な振動板素材の使用は謳っておらず、一般的なPET系樹脂素材を用いているようだ。特殊性のある素材や構造は、素材の長期的な入手性、一般的な設備で製造可能かなどの面で、この製品のコンセプトにそぐわないと判断されたためだろう。

これは振動板に限る話ではない。MDR-M1STは全体に、現代的ではあるが先進的ではありすぎない、無理のない設計で完成されている。そういった意味では、プロユースに向けた製品であるからこそ、技術面では現行ソニーヘッドホンの中でも特にオーソドックスなモデルと言えるかもしれない。

一方でその製造は、久々のハイエンドコンデンサマイク「C-100」でも話題となった、ソニーのプロ音響製品の製造を担当するソニー・太陽株式会社が担当している。MDR-M1STは、“オーソドックな設計を最高の熟練工が完璧な精度で組み上げる”という、実に贅沢な製品と言える。

■その新世代スタジオモニターサウンドとは?

ではそのMDR-M1STが提供してくれる、新世代のスタジオモニターヘッドホンサウンドは、実際にはどのような音なのだろうか?

まずはいきなりだが、現在のソニーのコンシューマー向けヘッドホンのハイエンドを代表するMDR-1AM2、そして現時点でのスタジオモニターヘッドホンを代表するMDR-CD900STと比較しての印象を図表メインにまとめてみた。

図表の概要を眺めてもらったところで、以下に詳しく説明していこう。

MDR-M1STのサウンドに対してたった一言を当てはめろと言われたらなら、僕が選ぶのは「ナチュラル」だ。

モニターサウンドというと、カッチリ硬質でクリアなサウンドを想像される方もいらっしゃるかと思う。実際それもモニターサウンドの定型のひとつだ。しかしそれだけが正解ではない。聴き疲れない自然な感触でありつつ細部まで見通せるクリアさも備える。そういったナチュラル&クリアなサウンドもモニターサウンドの定型のひとつであり、MDR-M1STはそちらのタイプだ。

高域側では例えば、女性ボーカルやシンバルに含まれる刺さりやすい成分もさらっと細やかな粒子感で、程良くほぐした描写にしてくれる。耳にきつい刺さり方には滅多にならず、リスニング用としては実に心地よい。そしてモニター用としては「このヘッドホンで明らかに刺さって聴こえるような音作りはアウト」といった基準にもできそうだ。

この高域のナチュラルさは、心地よくシャープでブライトな音色のMDR-1AM2との大きな違いであると同時に、MDR-CD900STとの比較でもMDR-M1STならではと言えるポイント。

一方、中低域側の表現はMDR-1AM2の美点を色濃く受け継いでいるように思える。ベースは重心を自然に下げて、ボーカルの下にすっと沈み込ませてくれる。アンサンブルにおけるポジションニングが見事で、ボーカルとの帯域被りが生まれにくく、ボーカルにとってもベースにとっても良好なポジションニングだ。

なので、太さや量感を盛る必要もなく自然にベースの存在感を確保できている。音色も十分な厚みや肉感、弾みを備えていて好感触。現代クラブサウンドで用いられるようなディープな帯域の超重低音にも普通に対応し、ボワボワとだぶつかせることはない。

バスドラムやタムなどの太鼓類は音のふくよかさがポイント。胴の木材、その中の空気の豊かな響きを感じさせてくれる。それでいてその響きが膨らみすぎることもなく、適度なタイトさやキレの良さも確保。ふくよかさとキレを絶妙のバランスで兼ね備えている。完全にキレ重視なMDR-CD900STとの相違点として印象的だ。

逆にMDR-CD900STとの強い共通点として挙げておきたいのは、音との距離感の近さ。音像もMDR-1AM2と比べ全体にやや大柄で、一歩前で聴いているような印象となる。これは、音楽制作のモニターシステムにおけるヘッドホンの役割に合わせた音作りだろう。

例えばミュージシャンが演奏時のモニターとして使う際には、特に近い音が好まれがちだという。エンジニアの場合も、全体のバランスを確認しながらの作業で俯瞰的な把握が必要なら、そこは主にはモニタースピーカーの出番となるだろう。対してモニターヘッドホンが特に活躍するのは、録音やミックスにおいて楽器個々の音に一点集中して処理する必要がある時。例えばピッチ補正の微調整といった場合。そういった場面では、そのひとつの音をマクロ接写的に見られるような、近い距離感の聴こえ方が求められる。

MDR-CD900STと同じくMDR-M1STも、そういったニーズに応えてこの距離感にチューニングされているのだろう。とはいえ、音抜けやキレにも優れているため、大柄で近い音像がその場に余計に滞留してしまうことはない。なので音が混雑して窮屈になることもなく、空間表現も十分確保されている。リスニング用としても全く問題ない。

■オーディオファンにとっても今後長らくのリファレンスになり得る名機

というわけで改めてMDR-M1STのサウンドをまとめると、三大ポイントはこれだ!
◇MDR-1AM2から継承の巧みな低音表現!
◇MDR-CD900STに通じる接写的な距離感!
◇それらに加えて素晴らしく心地よいナチュラルさ!

音楽ファンのリスニング向けとしても問題ない汎用性を備えつつ、モニター機ならではの聴こえ方も備えている。そのモニター機ならでの部分は、リスニングユーザーにとって新鮮な魅力にもなり得るだろう。

また感度やインピーダンスは、現代的に作ったら自然とそうなっただけかもしれないが、CD900STよりもかなり高感度&低インピーダンス。一般的なポータブルプレーヤーとの組み合わせでも余裕で音量を確保でき、ポータブル使用も十分に現実的だ。

そして、サウンドや使い勝手の面で普通におすすめできることに加えて、このモデルにはもうひとつ大きな魅力がある。前述のように、プロの道具としての十年単位での継続、補修パーツ供給が見込まれているのだ。

コンシューマー向けのオーディオアイテムだと、例外もあるにはあるが、多くのモデルは長くて数年、短ければ一年で後継モデルが登場して型落ちになったりする。

対してMDR-M1STは、MDR-CD900STがそれを実証しているように、容易に古びることなく圧倒的に長く付き合っていけるモデルになってくれるはず。それは長期的なコストパフォーマンスという観点での優位にもなるし、今後に他のヘッドホンを検討する際にも、長らく揺るがないリファレンスとしての役割を期待できる。

そういった「不変」にして「普遍」のヘッドホンを一台確保しておくことは、オーディオ趣味において実に有意義なことではないだろうか。MDR-M1STならばその役割を見事に果たしてくれることだろう。

◇◇◇

高橋敦 TAKAHASHI,Atsushi
趣味も仕事も文章作成。仕事としての文章作成はオーディオ関連が主。他の趣味は読書、音楽鑑賞、アニメ鑑賞、映画鑑賞、エレクトリック・ギターの演奏と整備、猫の溺愛など。趣味を仕事に生かし仕事を趣味に生かして日々活動中。

高橋 敦

最終更新:8/26(月) 10:30
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