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【夏の危険サバイバル】名作『白鯨』の元ネタは、もっと壮絶だった

8/25(日) 18:06配信

ナショナル ジオグラフィック日本版

「事実は小説よりも奇なり」と言うが、小説の題材となった実話には、すぐには信じられないようなエピソードもある。なかでも小説『白鯨』の元になった実話は、さらに壮絶だった。

ギャラリー:28年間たった1人で彼が孤島に暮らし続けた理由 写真13点

 南太平洋で捕鯨船が巨大クジラに激突され、乗組員たちは手漕ぎボートで3カ月近く漂流する。食糧が底をつき、空腹と狂気に苦しめられた彼らが生き延びるためにとった行動は・・・。

外洋でのつらい仕事

 19世紀、捕鯨は生活に不可欠だった。鯨油はランプの燃料やろうそくの原料になり、鯨蝋はさまざまな薬に使われた。捕鯨は手堅く報酬を得られる一方で、きわめて苛酷な仕事でもあった。

 米国の捕鯨産業の拠点は東海岸のナンタケット島にあったが、最も豊かな漁場は南太平洋。男たちは大西洋を南下し、南米最南端のホーン岬を回る1万2000キロの困難な旅を経て、やっと仕事に取りかかるわけである。捕鯨船エセックス号がナンタケット島を出発したとき、これから2年半は家族に会えないことを男たちは承知していた。

 運命の日は、出航から1年3カ月後、1820年11月20日に訪れた。

 エセックス号がマッコウクジラの群れを発見し、1頭ずつ狙い撃ちしていたとき、考えられないことが起こった。巨大な1頭が、群れを離れて船に突進してきたのである。

 クジラは船に激突し、乗組員たちは甲板に投げ出された。船長は乗組員に指示を出そうとしたが、船は制御不能に陥っていた。クジラは向きを変え、再びこちらに突進してきた。巨大な背中がまたしても船体に激突し、船は大きく揺れた。20人の乗組員はわずかな食糧をできるだけかき集めて、3艘の手漕ぎ舟に次々に乗り込んだ。10分もしないうちにエセックス号は転覆した。

 28歳のジョージ・ポラード・ジュニア船長は現在位置を南米大陸の西、3700キロと推定し、64日間の旅を乗り切れるだろうと考えた。逆算して食糧を配給すると、1人1日当たりパン数十グラム、小さな固いビスケット1つ、水およそ0.3リットルになった。健康な大人に最低限必要な食物摂取量のおよそ3分の1、最低限必要な水分量の半分だ。

 11月30日までの10日間で770キロ進み、食糧はまだあった。男たちは空腹で疲れていたが、意気は高く、ポラードは、みんなこの旅を乗り切れそうだと楽観的に考えた。

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