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女優・吉行和子――常識におさまらない人間の生々しさを演じる

8/25(日) 12:33配信

Wedge

家族らしくない家族の中で

 「小さい時から家族団欒なんてなかった。家族が集まって相談して何か決めるなんてこともなかった。私は小児喘息で岡山の祖父母のところに預けられていたし、母は仕事で忙しくて家にいないことが多かったし、11歳上の兄は家が火事にでもならなければ帰ってこないんじゃないかというくらい寄り付かなかったし。大人になって、母と4歳下の妹と私は同じマンションに住みながらほとんど行き来がなかったしね。一緒に何かするってことがなかった。そういう家族だったんですね」

 吉行の母は、言わずと知れたNHK連続テレビ小説「あぐり」(97年)のモデル、吉行あぐりである。98歳で店を閉じるまで76年間、美容師として働いてきた。兄は芥川賞作家の吉行淳之介。妹は詩人で小説家、やはり芥川賞を受賞している吉行理恵。兄や妹とは違う演劇の世界に入った吉行は、舞台では紀伊國屋演劇賞個人賞、映画では日本アカデミー賞優秀主演女優賞を二度受賞するなど、それぞれがそれぞれの分野で目覚ましい足跡を残しているすごい家族でもあるのだ。吉行が4歳の時に他界した詩人で小説家だった父エイスケは、ドラマでは野村萬斎が演じ、その破天荒ぶりがハンパではなかった。

 「テレビではまだマシで、実際はあんなもんじゃなかったみたい。母は大変だったと思うけど、ずいぶん面倒見てくれないなって小さい時に感じてましたね。発作で苦しくて水が飲みたいって言ったら、自分で飲めばという感じで知らん顔してた。自分のために誰かが何かをしてくれるということは子供のころから諦めてました。みんなが自分で生きるしかなかったんですね」

 台所で料理をしている母の姿も見たことがないという。元気をつけるのはバターがいいと、元気のない吉行の枕元に切ったバターを皿にのせて仕事に出て行ったという。エイスケが亡くなりその後再婚した時も、相談など一切なくある日突然男の人が子供連れでやって来たのだという。

 「妹はまだ10歳くらいだったから、もうただびっくりしちゃってショックを受けて。私と正反対で元気で社交的だった妹が、すっかり内向的になっちゃいましたからね」

 「本当に自分勝手な人だと思いますよ」という吉行の声には、なぜかそれを責めるようなトーンがない。自分のことは自分で決めるという一貫した姿勢を、仕事人としてもひとりの女としても貫き、徹した母の生き方を、人間として認めているのだろう。

 ただ、母のあまりに突然の再婚は、妹の理恵を家の奥にこもらせ、病弱で家の中にいることが多かった姉の和子を外に押し出すという作用を生んだようだ。

 「早いとこ自分の居場所を見つけて出て行こうと思ったのね。そんな時、母がお客さんから芝居のチケットを2枚もらって、もったいないからと私を連れて行ったんです。劇団民藝の『冒した者』という難しい芝居で、全然わからなかったけど、いろいろな人が出てきていろいろなことをしゃべって、背景も変わって話が進んでいくという世界があるんだってことが面白かった。いろいろなところで公演するから、ここに入れば家に帰らなくてもいいかもしれない。じゃ、ここで私にできることは何かあるかな。衣装とか舞台の小物とかの準備はできそう。それで民藝を受けたんです」

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最終更新:8/25(日) 12:33
Wedge

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