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【WRC名車列伝その6】プジョー206 WRC(1999-2003)は日本車全盛時に登場して新たな時代を切り拓いた

8/25(日) 18:31配信

Webモーターマガジン

グループAのWRカー規定のもとで誕生した206 WRC

1999年のツールドコルスで復帰したプジョーは、日本車全盛のWRCに衝撃を与えることになった。しばらくWRCでの活動を休止していたプジョーは、206WRCで2000年からマニファクチャラーズを3連覇、再び黄金時代を築くことに成功する。

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1986年限りでのグループB規定の廃止によってWRCから撤退することになったプジョーだが、それでもラリー活動を皆無にしないところがさすがはヨーロッパのメーカーであった。

現役を引退していた名ドライバー、ジャン-ピエール・ニコラをカスタマー部門の指揮官に任命し、グループA時代以降も309GTiや306S16をベースとしたラリーカーを開発。プライベーターに販売して細々と命脈を保っていたのだ。

その活動が再び注目を集めるようになったのは、大幅な改造が許されるWRカー規定が制定されたのがきっかけ。

プジョーがこの新規定向けに開発した306マキシは、2WD・NAエンジンながら、ターマックラリーでは時に4WDターボカーを凌ぐパフォーマンスを披露して見せた。参戦チーム体制も、表面上は南フランスのプライベーターが運営するという体裁だったが、プジョースポール本体のエンジニアが常に帯同するなど、ワークス並みと言える状況に周囲の期待は高まった。

そして、1998年秋、ついにその時は訪れる。9月のパリサロンで名車205の後継206がお披露目されると、時を同じくして、206WRCでのWRC復帰がアナウンスされたのだ。プジョーはWRカーの全長規定の最低4m(当時)をクリアするために、206 S16のバンパーを延長した206GTを発売するなどの力の入れようで、WRC活動に全力投球した。

コラード・プロベラの監督のもと、1999年のツールドコルスでデビューした206WRCは、コンパクトな車体に405のツーリングカーで実績のあった2Lユニットをベースとしたエンジンを搭載。Xトラック製のギアヤボックスは縦置き配置、ダンパーはプジョースポール自製という斬新なパッケージングであった。

テクニカルディレクターは元TTE(トヨタ・チーム・ヨーロッパ)のミシェル・ナンダン。エンジンチューナーのピポ・モチュールにもやはり元TTEのスタッフが協力するなど、王者トヨタのノウハウも息づく206WRCはデビュー早々にまずはターマックで速さを発揮した。

2年目の2000年には、エンジンのパワーアップとブレーキ性能の向上、自社製ダンパーの熟成、さらにはグラベルを得意とするフィンランド出身のマーカス・グロンホルムの急成長もあって、ターマックだけでなくグラベルでもライバルを圧倒。マニュファクチャラーズ/ドライバーズタイトルを獲得することなった。

2001年はドライバーズ選手権こそスバルのリチャード・バーンズに奪われたものの、マニュファクチャラーズ選手権は連覇。翌2002年はアクティブアンチロールバーの採用やサスペンションの改良、空力面のアップデートなどで圧倒的な力が復活してダブルタイトルを獲得し、WRCに再びプジョーの時代を築いたのだった。

プジョー 206 WRC(2000)主要諸元

・全長:4005mm
・全幅:1770mm
・ホイールベース:2468mm
・車両重量:1230kg
・エンジン:直列4気筒 DOHCターボ
・排気量:1997.5cc
・ボア×ストローク:85.0×88.0mm
・最高出力:300ps/5250rpm
・最大トルク:535Nm/3500rpm
・駆動方式:4WD
・トランスミッション:6速シーケンシャル
・サスペンション:前後ストラット
・車両規則:グループA

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最終更新:8/25(日) 18:31
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