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次はレースだ! トミタオートの野望──連載「STORIES OF A CAR GUY」第9回

8/25(日) 21:41配信

GQ JAPAN

前回までのあらすじ──富田義一がクルマやバイクに目覚めたのは小学生のころの転校がキッカケだった。そこで富田は日本のレース業界でその後、大いに名を馳せることになる、とある人物と出会う。成長するにつれさらに広がってゆく京都のクルマ好き人脈。トミタオートのビジネスが軌道に乗り始めると、その人脈は日本のレース界にまで広がった。

【写真を見る】レース界へ踏み出した富田の軌跡

あのコジマさんとモトクロス

転校した学校の小学生に小嶋松久がいた。後にコジマエンジニアリング(KE)を立ち上げ、F1に挑戦する、あの小嶋さんだ。

意気投合した富田は、小嶋の父からもたいへん可愛がられ、小嶋家に出入りするようになった。そこにはクルマやバイクがあって、富田は急激に興味をもちはじめる。あの頃は誰もがそうだったけれど、まずはバイクに乗りたくてしようがない。

公立高校に受かれば単車を買ってあげる。育ての叔母がそう約束してくれた。富田少年は急に勉強を頑張りはじめると、仲間内でただひとり公立高校に受かった。

叔母の内職を手伝う条件で、富田は山口オートペットという2気筒の50cc原付バイクを買ってもらう。当時、みんなはホンダのカブを買ったものだが、人気で2カ月待ち。1カ月すら待ちきれない富田は多少性能が劣るけれどもすぐ乗れるオートペットを選んだのだった。それまで園芸好きのか弱い少年だった富田にとって、勉強を頑張って一番欲しいモノを手に入れるという経験は、その後の人生を決めた最初の転機であったことは確かだ。

免許を取ってすぐ、小嶋の勧めでJAFのモータースポーツライセンスを取得し、モトクロスレースにハマっていく。オートバイだけじゃない。ラグビーや玉突き(ビリヤード)、喧嘩まで、日々明け暮れた男らしいモノやコトはすべて小嶋から教わった。

18歳のとき、富田は2台目の単車トーハツ・ランペットでモトクロスレースに初出場することになった。そのときすでに小嶋は全国的に有名なライダーになっていた。

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最終更新:8/25(日) 21:41
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