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由緒正しき夜行列車「ムーンライトながら」は果たして存続できるのか

8/25(日) 5:30配信

文春オンライン

 2019年8月、久しぶりに「ムーンライトながら」に乗った。東京駅23時10分発、岐阜県の大垣駅着5時45分の夜行快速列車だ。夏休みや年末年始に走る臨時便で、全車指定席。

【写真】定期列車時代の「ムーンライトながら」(JR東海の373系電車)

 正直、中年オヤジにとって夜行の座席はキツいと思っていた。しかし、今回の乗車でまだまだ行けると自信を取り戻した。最近は新幹線とビジネスホテルなんて、ラクなほうを選んでしまう。しかし、身体は覚えていた。私の旅は、もともとこっちじゃないかと。

海外のバックパッカーにも知れ渡っているのかな

 そして私の周囲に若者がたくさん乗っていたことも嬉しい。時節柄、合宿か、甲子園の応援か、大きな荷物を持ったグループ客がいる。

 私の若い頃と違って、いまは格安の夜行バスだってある。でも、バスの車内では静かにじっとしていなくてはいけない。それに比べれば列車は自由だ。いつでもトイレに行けるし、車窓を眺められる。小声で語り合っても咎められない。

 若者たちと言えば、外国人観光客も増えている。車内を散歩したら、ブロンドの女の子のグループがデッキに座り込み乾杯していた。お行儀が悪いなと思ったけれど、そうか、自席で宴会を始めたらまわりの客に迷惑がかかるから、こっちで楽しんでいるわけだ。それは感心、感心。「ムーンライトながら」は海外のバックパッカーにも知れ渡っているのかな。

 最近では、お台場で開催される世界有数の同人誌見本市、コミックマーケットに向かう人々の移動手段としても認知されている。節約してでも旅に出る。昔の私がいる。

復員列車から「ムーンライトながら」へ

「ムーンライトながら」のルーツは戦後の復員列車という説がある。戦前から長距離の夜行普通列車はたくさんあった。戦後も昼夜問わず列車移動が主流、高度成長期を迎え寝台特急も走り始めたけれども、安価に移動できる夜行普通列車の人気が根強かった。そこで夜行急行列車「ながら」を普通列車に格下げして存続させた。由緒ある座席夜行列車だ。

 私が乗り鉄の遠征を始めた1980年代初め、この列車はまだ列車名がなくて、旅行好きからは「大垣夜行」、鉄道ファンからは「345M」と呼ばれていた。「大垣夜行」は文字通り、大垣行きの夜行列車だから。「345M」は列車番号だ。列車番号は鉄道会社が列車を管理する都合で使う番号だけど、市販の時刻表に記載されていた。乗り鉄にとっては行程メモに「23時25分発の大垣行き」と書くより「345M」と書く方がツウっぽい。

 列車番号はダイヤ改正のたびに変わることがあって、大垣夜行が「347M」の時期もあった。乗り鉄の中高年が昔語りをすると「345M」か「347M」で歳の差がわかる。

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最終更新:8/25(日) 8:45
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