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IKKOさんが語る“テレビ界の恩人”「死化粧のとき、逸見政孝さんの目から一筋の涙が……」

8/25(日) 11:00配信

文春オンライン

「スチュワーデスになりたい」IKKOさんが“自分は女性だ”と気づいた小学1年のとき から続く

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 ヘアメイクの世界に飛び込んだIKKOさんは着物撮影ですぐに評判を呼ぶ。

 そしてテレビ界との接点になったのが『SHOW by ショーバイ!!』『平成教育委員会』などで国民から愛された逸見政孝さんだった。逸見さんのヘアメイクとして信頼されたIKKOさんがテレビの表舞台にデビューするまで。(全3回の2回目/ #1 、 #3 へ)

◆◆◆

着物の撮影で「この5ミリが大切なのよ、IKKOさん」

―― 横浜・元町のヘアーサロンで8年間働いて、その後、独立されてヘアメイクの世界に入られます。

IKKO 最初、フリーとしてやっていたんだけど、全然仕事がなくて。半年後にヘアメイクの事務所に入ったんです。私の場合、着物撮影のヘアメイクができるっていうのが大きかったんです。入って2カ月もしないうちに、「着物の仕事だけどやってみる?」って言われて「やります」と。今考えると度胸あるなって思う(笑)。それですぐ『美しいキモノ』という雑誌の表紙をやっていました。最初が女優の眞野あずささん。『家庭画報』『婦人画報』『ミセス』『マダム』『ラ・セーヌ』のような雑誌の表紙を飾る人ってだいたい決まっていたんですよ。その人たちのメイクをやったら一流といわれていた。それを入って2、3カ月で出来たんです。

―― その頃に出会われた女優さんで、印象に残っている方はいますか。

IKKO 松尾嘉代さんですね。石立鉄男さん、杉田かおるさんとドラマ『パパと呼ばないで』に出ていた女優さんです。とにかくすごかった。着物の撮影のときに1時間近く横座りしていたんですよ。その体勢を支えている手が、私は椅子についていると思っていた。でも違うんです。ずっと浮かせているんです。5ミリ浮いていた。「この5ミリが大切なのよ、IKKOさん。楽な格好をすると美しくない」って。すごいでしょう。

なぜ逸見政孝さんのヘアメイクをすることに?

―― その後、アナウンサー逸見政孝さんのヘアメイクをされていたんですよね。着物の世界とはかけ離れているようにも思えますが、どんな経緯で?

IKKO 奥様からの紹介だったんです。逸見さんがフジテレビから独立して『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』をやり始めた頃だったと思います。直角のパチッとした髪型から、ちょっと崩れた感じになったでしょう、イメージを変えて。最初に奥様から「うちのパパをやってほしいんだけど」と言われたときは迷ったんです。『dansen』って男性専門誌で男性メイクの経験はあったけど、どういうふうに逸見さんのヘアメイクをしていけばいいんだろうって。

―― 逸見さんはどんな方でしたか。

IKKO 真面目でしたよ。もう、棒のように一直線。やっぱり逸見政孝さんとの出会いも私の人生のターニングポイントのひとつです。すごいなっていうことしかなかったですよ。芸能人なのに、こんなに真面目なんだって。時間に正確で、仕事が終わったらすぐ直帰。

 だから、私も現場に1時間前に入って、30分前にはもう準備を終えて、いつでもお出迎えできるようにしていたんです。それでも、たまに逸見さんのほうが早いときがあるのよね(笑)。そのくらい真面目な方でした。

―― 印象的だった言葉ってありますか。

IKKO ある時、逸見さんに「どうやったら一流になれるんですか」って訊いたことがあるんです。すると「どんな人でも一流になれるものはあるんじゃないでしょうかね」って言うんです。だけど、チャンスとかそういったものっていうのは、いつ来るかわからない。「田舎のバス停でバスを待っているようなもの」なんじゃないかって。何時間に1本か、あるいは1日に1本、来るかどうかわからないけど、それに乗る準備ができているかどうか。いざバスが来たからと行って、じゃあそのバスに飛び乗っていいのか。それを見極める目が大切なんじゃないでしょうかっておっしゃっていましたね。

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最終更新:8/25(日) 19:51
文春オンライン

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