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マツダの第6世代に「大戦略」は存在したか?

8/26(月) 17:00配信

日経ビジネス

編集Y:「モノ造り革新」という金井さんが示したビジョンに加えて、個々の部門でも「かくあるべし」の議論が同時多発的に始まっていた、というのは金井さんのお話にも出てきました。

編集Y:成功した話って、終わってから振り返ってみると、誰かが長期的な計画を立てて、その筋書き通りにここぞというところに火を付けて、それが「ここしかない」タイミングでちょうど着火して、どんどん進んでいく。そんなふうに見えますけれど……。

金井:そんなわけはないでしょうね。

編集Y:ですよね。エンジン生産の部署がフレキシブル生産の先行例を作っていたように、どの部署の方にも何らかの、今の仕事のやり方についての問題意識がずっとあって、理想があって、「その手段を、ゼロベースでもっと柔軟に考えようぜ、関わる全員で」というきっかけを作ったのが、「モノ造り革新」だった、ということなんですかね。

金井:うん、みんな一生懸命仕事をやっているんです。いいことをしようとあちこちでやっているわけで。それらをうまく使わせていただき、底上げがまだ不十分なところについては、「志を世界一まで上げろ」と背中を叩いて、いいタイミングで成果が出始めた。

 いろいろな意味で、「最後は運」。運がよかったなということになるんです。成功の背景には幸運がある。ただ、実行しないと、幸運があるかどうかは分かりませんわね(笑)。

【『マツダ 心を燃やす逆転の経営』】206ページより

●圧をかけられて、「やりたいこと」が収斂していった

編集Y:前田さんと金井さんの間に濃密なコミュニケーションがあって、計算ずくの計画があったわけではない。しかし、それでも、技術の「スカイアクティブ」と外観の「魂動デザイン」で、通奏低音がちゃんと響き合っていたと。面白い。なぜそんなことが可能になったのでしょう。

前田:たぶんですが、「フォード」という大きな傘がなくなった瞬間に、自分も金井さんも含めた、物づくりをマツダでずっとプロパーでやっていた人たちが、同時に、同じことを考えたんですね。正直に言えば、パワートレインはパワートレインの理想を描くし、シャーシはシャーシの理想を描くし、デザインはデザインで理想を描いていた。その理想のベクトルが、マツダにずっといた連中が造っただけに、うまく収斂できる範囲で揃ったんじゃないかな、と想像しますけどね。

編集Y:2008年のリーマン・ショックをきっかけに、フォードはマツダの株式を段階的に⼿放していきました。。フォードから来ていた人もどんどん戻っていってしまう。圧力が消えて、同時多発的に「こうしたかった」という種が次々と芽吹いていったような。

前田:そんな感じです。本当はこうあるべきだというのをやっぱり考えさせられるんですね、上にずっとこう、圧をかける存在がいると。

編集Y:ぐっと押されると、「本当はこうしたいんだ」という思いが立ち上がる(笑)。

前田:だから、圧にはいいところもあるんですよ。もちろん、教えてもらうところもあるんだけど。

編集Y:おっしゃりたいことはだいたい分かります(笑)。

前田:ただ、「いや、やっぱりそうじゃない」と思うことも結構あって、それがたぶんデザインだけじゃなくて金井さんの側、物づくり側にもいろいろあったはずです。

編集Y:いや、もう山のようにあったと思いますよ、インタビューではだいぶ抑えておられましたけれど……。やっぱり「今にみちょれ」と真っ赤っかになっておられた、ような気がします。

前田:だと思いますね。

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最終更新:8/26(月) 17:00
日経ビジネス

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