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滝沢カレン「またママの子で生まれたい」最愛の母と死別も仕事に穴を開けない精神力

8/27(火) 5:57配信

デイリー新潮

 笑福亭鶴瓶は「快楽名人」で、中居正広は「支配抜群」。卓抜な「四字熟語ニックネーム」を連発し、独特の日本語センスでバラエティ番組を席巻するモデル兼タレントの滝沢カレン(27)。7月22日、ファッション誌「JJ」の専属モデルを卒業すると発表したが、彼女はもうひとつの「別れ」を秘していた。

「JJモデル」を卒業し、ますますタレントとしての活動が比重を増していくことが予想される滝沢だが、

「ものすごく頭の良い子という印象です」

 こうベタ褒めするのは、彼女と共演経験のある経済アナリストの森永卓郎氏だ。

「『TBSは何の略ですか』と訊(き)くと、即座に『楽しい番組制作所』と答えた。彼女の反射神経と勘の良さをもってすれば、あとは知識さえ付ければ情報番組のコメンテーターも務まると思います」

 今後のタレント人生も前途洋々といった感が漂うが、滝沢は反射神経と勘の良さに加え、さらなる「武器」を隠し持っているようだから、当然と言えば当然なのかもしれない。それは「強靭さ」だという。

 芸能関係者が声を潜める。

「実は昨年7月、滝沢さんのお母さんはがんで亡くなっているんです。事務所のスタッフなど、ごく近しい人にしかその事実を明かさず、仕事に穴を開けることなく頑張っています」

 ウクライナ人の父親と日本人の母親の間のハーフである滝沢は、彼女の幼少期に両親が離婚し、母子家庭で育ってきた。それゆえと言うべきか、滝沢母娘の結び付きは強く、

「母親が亡くなる直前までふたりは同じマンションで過ごしていた。享年56でした」(滝沢の親戚)

「お葬式で泣きながら…」

 そんな最愛の母親の死を胸にしまい込み、テレビでは「天然ボケ」の「おバカキャラ」で通してきたのだから、確かに滝沢の精神力は強靭と言えよう。

「カレンのお母さんは医者嫌いだったみたいでね。末期のがんだと分かったのは亡くなる1年くらい前で、その時点ではもう手遅れだったそうです。『あれだけ病院に行ったほうがいいって言っていたのに』と、カレンが本当に悲しそうに言っていました」(同)

 余命が長くないと悟った滝沢母娘は、

「まだ母親の体が動くうちに、ふたりの思い出をいっぱい作りたいからと一緒に旅行に行ったりしてね。お葬式で喪主を務めたカレンが、『またママの子で生まれてきたいからね』と泣きながら言っていたのが印象的でした。あと、『私が頑張らなきゃ、頑張らなきゃ』と繰り返していた姿も、痛々しいというか可哀想だった」(同)

 滝沢の所属事務所は、母親の死に関して「事実」とした上で、

「いま現在も乗り越えようと気丈に振舞っておりますので、ご理解いただければと存じます」

 笑顔の裏に涙あり。涙を秘しての四字熟語芸――。「我慢名人」、滝沢の意外な一面である。

「週刊新潮」2019年8月15・22日号 掲載

新潮社

最終更新:8/27(火) 10:14
デイリー新潮

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