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スポ―ツ、古典、芸能、娯楽、教育、医療、どの分野にもダンスの可能性を象徴する未来がある

8/30(金) 8:00配信

Book Bang

「ダンス」は時代を映す鏡です。90年代カルチャーのひとつを包括した著作『渋谷系』などで知られる若杉実氏が、ヒップホップ・カルチャーはもちろん、スポーツ、教育、医療、etc……ダンスにまつわるさまざまな事象を著者独自の視点から検証・取材して1冊の本にまとめました。執筆を終えた著者が本書を書いた動機と目的について語ります。

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 ダンスは生き物。日々実感させられるなか、拙著の脱稿直後にとんでもニュースが舞い込んできた――「2024年パリ五輪の追加種目候補にブレイキン(ブレイクダンス)が選出、2019年6月のIOC総会にて暫定承認」。

 ユース五輪ではすでに種目となり、初めて採用された2018年ブエノスアイレス大会にて、日本人選手が男女ともに表彰台に上がるという快挙を成し遂げた。これについては取りあげたが、メインの五輪種目候補になるとはつゆ知らず。今後さらにブレイキンが競技化に拍車をかけるであろうことを予測したうえで、体操と比較しながら考察した章も設けている。

 今日アーバンスポーツとして定着したブレイキンだが、その源泉には70年代後半からニューヨークで胎動していたヒップホップ・カルチャーがある。ただし日本では、音楽とダンスが明確に線引きされ論じられてきたため、メディアが報じてきたことと現場での認識には齟齬があった。関連映画『フラッシュダンス』や『ワイルド・スタイル』が公開された1983年をわが国のヒップホップ元年とするなら、ラップやDJのスクラッチ(レコードをこする技法)よりも先に、若者のハートを射抜いたのがブレイキンであったことを見逃してはならない。この事実にもとづき、これまでの国内ヒップホップ史を補正するというささやかな意気込みも、筆を執る動機となったといえる。

 その三十余年の歴史のなかで、ブレイキンは多くの愛好者を取り込み間口をひろげながら、現在ストリートダンス(70年代ディスコ以降の現代ダンス)の王道たるポジショニングを獲得している。ある統計(2015年)によると、ストリートダンスの人口は全国で600万人、そのうちいちばん多いのがブレイキンであるという。つまり五輪競技になるというストーリーはもとより、現代ダンスが教育現場に参入(2011年ダンス必修化)するという衝撃も、それなりに予測は立てられただろう。

 それでも現場は混乱した。学校の指導者(=教員)があわててダンス教室に通うという逆転現象までおこっている。三十余年まえはBボーイ(ブレイクダンスをする少年)だったわたしでさえ、社会の趨勢、劇的な変化にはおどろきを禁じえない。

 今回の取材では古典から芸能、娯楽、教育、医療にも踏み込んだが、どの分野にもダンスの可能性を象徴する未来が映し出されていた。同時に痛感させられたのが、観る側の開拓。これからの時代、ダンスをたのしむファンなくしてこの世界は成り立たない。

 ダンスに特化したメディアはこれまで、「ダンスをすれば体がよろこぶ」ことを唱えてきた反面、「ダンスは観るだけでも体がよろこぶ」という意見をもつことには消極的だった。しかしアーバンスポーツとして社会の至るところに活動の場がつくられる今日、たいせつな課題として目をそらすことはできないだろう。

 野球やサッカーのように、野球やサッカーができなくてもファンでいられる環境があって、初めて成熟したスポーツと呼べる。手引きがそこに必要であるなら、拙著が一助となってくれたらうれしい。

[レビュアー]若杉実(音楽ジャーナリスト)
栃木県足利市出身。書籍『渋谷系』などの著者であり、雑誌への寄稿をはじめ、CDのライナーノーツなども執筆。CD、DVD企画も手がけ、これまでに200タイトル以上を送り出す。ラジオ番組のパーソナリティも担当していた。

リットーミュージック 2019年8月29日 掲載

リットーミュージック

最終更新:8/30(金) 8:00
Book Bang

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