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借金返済のためプロ野球に「転職」。 酒豪打者・永淵洋三の数奇な人生

9/8(日) 6:37配信

webスポルティーバ

球団は西鉄(現・西武)。永淵さんにとっては佐賀高の先輩、東芝入社時の監督だった伊丹安広が西鉄コーチの深見安博を知っていて、紹介状を書いてくれた。戦前、伊丹は早稲田大の名捕手で、のちに監督も務めた野球人。戦時下の学生野球存続に尽くした活動をはじめ、戦後も球界全体を発展させた多大な功績により、77年の逝去後に野球殿堂入りしている。

「紹介状を持って行きました。ところが当時、中西太監督。ベンチにいても僕の練習なんか見てないです。最初から獲る気ないの、わかりました。結局やっぱり、俺には無理だなと。ただ、それでも僕はプロでやりたかったから、不合格でショックじゃないけど、その後、毎晩のように酒を飲む生活になったんです」

 酒といえば、73年から40年以上も連載が続いた野球漫画『あぶさん』の主人公、酒豪の強打者として描かれる景浦安武。作者の水島新司が主人公のキャラクターを設定するとき、モデルのひとりになったのが永淵さんで、その数々の酒豪伝説がヒントになったという。伝説の原点は、いわばヤケ酒だったわけだ。

「グラウンドから近い川崎の街にね、ちょっと、知り合いのスナックができてしまって、そこに、かわいこちゃんがおってね。その娘目当てに毎晩、通いましたよ」

 照れを覆い隠すような大きな笑い声が座敷に響いた。月給3万円の生活でスナックに通い詰めれば、次第に金がなくなる。文献資料には〈行きつけの飲み屋のツケが30万円にもなった〉とあるのだが、真相は違うのだった。

厚生課という部署で「金を扱う仕事」をしていた永淵さん。ストックされた金を「ちょこちょこつまみ食いして」飲み代にしてしまっていた。本社への送金は1年に一度でよかったため、期限までは「自由になる金」があり、1年で30万円を「借金」してしまった。今の貨幣価値に換算すると、200万円は超えているかもしれない。まさに今だから言える話を明かしながら、今度は照れ笑いとも苦笑いとも違った笑い声が響いた。

「それでとうとう、あの娘とは何もなかった。今思えば馬鹿みたいだけど、借金、いつかはバレますからね、返さないといけない。でも、知り合いも誰も金貸してくれなかった。なんとかせんとならない、と思って、これはプロ野球に入るしかないと」

 あくまでも借金のことは伏せて、先輩の伊丹にすがった。近鉄の球団社長、芥田(あくた)武夫が伊丹にとっては早稲田大の先輩だった関係がものを言って、契約金300万円、月給10万円で入団が決まった。

「契約金は東芝の給料の100倍でしたから、それで借金をすぐ返して、プロ野球へ入ったんです。一応、ドラフトで指名されてますが、伊丹さんの紹介でお願いして入ったようなもので......。そういった、人との出会いが人生を左右する、というのはありますね」

 縁故採用的な入団とはいえ、小柄でも飛距離が出る打撃に加え俊足、さらには投手としても評価された。ノンプロ時代、のちに大洋(現・DeNA)でエースとなる日本石油の平松政次と投げ合い、強力打線相手に延長10回まで0点に抑えたときには、他球団も注目したという。

「そのなかで近鉄は左ピッチャーが鈴木啓示しかいないような状態。それですんなりと話が決まったみたいです。僕もね、それじゃあもう一度、ピッチャーやってみようかと」

 ところが、明石キャンプでの紅白戦。新人の永淵投手にひとつの指示が出される。

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最終更新:9/8(日) 6:37
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