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「体を売って稼いでこい」兄の暴力に絶望した私は、復讐のために自殺を決意した

9/9(月) 5:30配信

文春オンライン

「自分の死をもって、兄に己の罪の重さを知らしめる」

 そんな状況が何年も続き、私はやがて、生きているのがつらくって仕方なくなりました。本当は、死にたくなんかありません。死ぬのはこわいし、たとえ死ぬことを決めて実行したとしても、私には、死ぬ間際、脳の活動が終わる最後の瞬間まで、死を選んだことについて後悔せずにいられるか、生への未練が少しも芽生えずにいられるか、自信が持てなかったのです。

 しかしそのうち、毎日いつ殴られるか分からず、この苦痛がいつまで続くのかと思うと、途方もない気持ちになって、いっそ死んでしまえば楽になれるかもと、ふいに死の誘惑に負けそうになる瞬間が増えていきました。そして同時に、私の中には兄への復讐心も芽生えるようになります。

 高校生になる頃には、私はすでに「兄を殺す以外に解決策はない」と思い詰めるまでになっていました。でも、頭の中で何度シミュレーションしてみても、兄を手にかける直前で、手が震え、体が思うように動かなくなってしまうのです。そして「多分、私にはやり遂げることができない」と諦めたときに頭に浮かんだのが、「自分の死をもって、兄に己の罪の重さを知らしめること」でした。

一生苦しんで生きてくれれば一番いい

 今考えると「どうしてそんなことを思い立ったのか」と自分を愚かに思いますが、当時の私には、もうそれしかなかったのでしょう。

 私はいたって真面目に、兄にもっとも精神的なダメージを与えられる死に様を考えはじめました。遺書にはどんなことを書こうか。絶対に第一発見者になってもらわなくてはならないから、死に場所はやはり兄の部屋だろうか。私の死に顔を目に焼き付けて、一生苦しんで生きてくれれば一番いい。

――そんなことを考えながら、毎日、今か今かと、兄に復讐するタイミングをうかがっていたのでした。

「まだ生きていられるのだ」

 けれども、私が数年にわたって温めていた復讐計画は、結果的にとりやめになりました。実家から逃げ出したことで、考え方がこれまでとはまったく変わったためです。自分にとって安全な場所を確保した私は、誰からも殴られることなく、怒号を浴びせられることもなく、少しずつではあるものの、穏やかな生活を送れるようになりました。

 以前の私は、あの家で起こることが、この世界のすべてだと思っていました。逃げ道もなく、このまま一生、普通の人と同じような生活を送るなんてできないのだと諦め、人生に絶望していました。しかし、いざ逃げ出してみれば、自分が生きていた世界がいかに小さかったか、外の世界がこんなに広いものだったのかと、思い知ることができたのです。

「誰かに復讐するために死のうだなんて、一体それが何になるのだろう」

 初めてそう思えたとき、私は「死ななくて済んだのだ、まだ生きていられるのだ」という安堵の気持ちから、Tシャツの長袖がびしょ濡れになるまで、堰を切ったように泣き続けました。

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最終更新:9/9(月) 10:48
文春オンライン

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