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あぶさんのモデル・永淵洋三は、 元祖二刀流から大酒飲みの首位打者に

9/9(月) 6:37配信

webスポルティーバ

「令和に語る、昭和プロ野球の仕事人」 第4回 永淵洋三・後編

 平成の世にあっても、どこかセピア色に映っていた「昭和」。まして元号が令和になったいま、昭和は遠い過去になろうとしている。だが、その時代のプロ野球には独特な存在感を放つ選手たちがいて、ファンを楽しませていた。

魚屋で働き、ストリップ劇場の草野球チームで投げていた「プロ野球の大エース」

 過去の貴重なインタビュー素材を発掘し、個性あふれる「昭和プロ野球人」の真髄に迫るシリーズ。漫画『あぶさん』のモデルとして知られる永淵洋三さんは、近鉄を指揮する名将・三原脩監督から「二刀流」を命じられた。迎えた1968年4月16日の東映(現・日本ハム)戦、遅咲きのルーキーは二刀流どころか「一人三役」をこなして球界をアッと驚かせる......。





* * *  

 まず、近鉄が2点ビハインドで迎えた2回裏。先頭で代打に出た永淵さんは初球、内角高めの真っすぐを叩くと、打球は右翼席中段に飛び込んでプロ初本塁打。この一打で猛牛打線に火が点き、一挙6点を取って逆転すると直後の3回表、永淵さんは四番手でマウンドに上がり、2回2/3を2安打1失点。降板後はライトの守備に就き、2打席に立ったのだ。

 試合は結局、近鉄がサヨナラで勝ったが、一人の新人が代打、救援、外野守備で勝利に貢献したことに注目が集まった。周りから「すごいことやりよるな」という声が聞かれるようになり、スポーツ紙は〈投げて 打って 守って 近鉄の"変わり種ルーキー"永淵〉と題する特集を組んだ。

4月30日の西鉄戦でも代打で同点タイムリー、救援登板、ライト守備でまたも勝利に貢献すると大きく一面で取り上げ、〈"ひとり三役"永淵フル回転〉と見出しを立てた。

「結構、人気はありましたよ。日生球場で『代打、永淵』ってアナウンスされたら、スタンドがワーッてなりましたから。で、その後に『代打しました永淵がそのままピッチャーに入ります』って言うと、またワーッとなる。そういう話題性はね、当時もありました」

 野球雑誌が〈三原がつくった新スター〉という特集記事を作り、グラビアページに〈三原魔術の秘密兵器〉という文字が躍った。チームは開幕から首位を走っていたから、三原采配の妙を象徴する「魔術」という言葉とともに、永淵さんは大いに注目された。

 三原自身、その起用法に関して、〈野球がチーム・ゲームである以上、一人三役のいまの使い方が、一番チームのため〉と雑誌に寄せた手記に書き、こう続けている。

〈彼はどちらかというと、血の気の多い選手である。血の気の多い選手はすばらしいプレーをする。しかし、始終試合に出しておると、だんだん迫力がなくなってくる。これは不思議だ。血の気があるのだから、しょっちゅう、そういう血の気のあることをやるかというと、結局そうはいかん。血の気のある選手は、しばらくじっとさせておいて、たまに出すと迫力のある展開をみせる〉

 まさに永淵さんが言うとおり、選手の人間性まで見た上での起用法だった。そして、確かに話題性では今の大谷翔平と通じる部分もあり、場内アナウンスだけで観客が沸くのはプロ野球観戦の醍醐味だと思う。永淵さんの場合は、必要に迫られて苦肉の策を講じたらかえって話題になり、人気が出たと言えそうだ。

「でもね、体が持ちません。だって当然、練習、毎日しますから。ピッチングやってるでしょ? そしたらバッティングコーチが『おまえ何やってんだ、バッティングせえ』と言ってくる。その繰り返しですよ」

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最終更新:9/9(月) 6:37
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