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密林の巨岩に築かれた「幻の空中宮殿」シーギリヤの物語

9/10(火) 7:10配信

ナショナル ジオグラフィック日本版

5世紀に建造後すぐに捨てられ、19世紀に再発見されたスリランカの世界遺産

 インドの南東に浮かぶ島国スリランカ。その中央部の密林にそびえる巨大な岩山のシーギリヤ遺跡は、5世紀の建造当時から恐らくそうであったように、今も堂々とした威圧感を放っている。

ギャラリー:巨大なライオンの前足の像ほか、シーギリヤの写真7点

「ライオンの岩」という意味を持つシーギリヤは、1982年にユネスコ世界遺産に登録された。かつて王宮があった頂上へ行くには、巨大なライオンの前足の間を抜け、切り立った岩に刻まれた階段を上っていかなければならない。

 すぐに主のいなくなった王宮はやがて森にのみ込まれ、地元の村人以外に知る者はいなくなった。時ははるかに下り、古い仏教の文献に玉座をいただいた巨岩の記述を見つけた外国人たちは、幻の宮殿を探し始める。英国人の歴史家が見事な建造物とフレスコ画を発見したのは19世紀のことだった。

王国から植民地へ、スリランカの歴史

 シーギリヤは、スリランカを最初に支配したシンハラ人の王であるカッサパ1世によって、5世紀に建造された。だが、西暦495年にそのカッサパ1世が倒されると、シーギリヤの要塞宮殿はすぐに役割を終えてしまう。

 カッサパ1世の死後、スリランカでは国内の権力闘争やインドからの侵略者との争いが絶えず、新たな王朝が次々に興っては滅んでいった。

 首都もたびたび移動した。12世紀に入るとシンハラ人は次第に勢いを失い、ずっと統治してきた主要なラジャラータ地方をついに放棄して、南西部まで後退した。シーギリヤを含むかつての主要都市からも、人々の姿は消えた。

 この地域の覇権を狙っていたヨーロッパ諸国にとって、島国スリランカの位置は好都合だった。1500年代半ばには、スリランカ支配者層の間で起こっていた対立を利用して、ポルトガル人が島の大部分を手中に収める。

 それから1世紀後、ポルトガルに代わってオランダが、さらにその後1700年代後半には英国がスリランカを植民地支配した。1815年、スリランカ最後の独立王朝だったキャンディ王国が、大英帝国の一部に組み込まれた。

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