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「ロシア的」なるものの闇~北方領土問題の前にここは押さえておきたいロシアの社会文化史

9/11(水) 20:16配信

PHP Online 衆知(歴史街道)

真意が見えにくい国。北方領土を巡る日露交渉が続く中、ロシアに対して、そうした印象を持つ人も多いのではないか。ロシアとはいかなる国なのか。社会文化の視点から探っていく。

宇山卓栄(著述家)
昭和50年(1975)、大阪府生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。代々木ゼミナール世界史科講師を務め、現在にいたる。テレビ、ラジオ、 雑誌など各メディアで、時事問題を歴史の視点でわかりやすく解説している。著書に『「民族」で読み解く世界史』『「王室」で読み解く世界史』などがある。

貧困と後進の社会

19世紀ロシアの文学者プーシュキンの小説『エフゲニー・オネーギン』の主人公オネーギンは、田舎の美しい自然に憧れながらも、そこにいる粗野な人々や文化の低劣さに嫌気がさし、鬱屈とした生活を送る。農奴制などのロシアの後進性を憂う一方、貴族主義を改めることができない。

プーシュキンは、矛盾と分裂に苦悩する深層心理と移ろいを、絶妙な修辞法で表現している。貧困と後進の社会に生き、心に深い闇を抱えるオネーギンは、「ロシア的」精神そのものだ。

19世紀に入り、ヨーロッパ各国に産業革命の波が広がり、近代工業化が進むが、ロシアでは、そのような近代化がほとんど起こらなかった。ウクライナ地方を中心に肥沃な農耕地帯に恵まれたロシアでは、貴族などの保守的な地主層が大規模農場を経営し、ヨーロッパ各国へ主に小麦を輸出していた。安価で良質なロシアの小麦は、フランスの小麦よりも競争力が高かったのだ。

こうしたロシアの農業経済の成功が保守的な地主・貴族を潤し、強大な力を与え、ロシアの近代工業化を阻害する最大の要因になっていた。

地主・貴族は広大な農場を、農奴と呼ばれる小作人たちに耕作させていた。彼らは豊富な資金力で軍隊を擁し、人口の大多数を占める農奴らを、実力により管理支配していた。

農奴らは生かさず殺さず、酷使され、反乱につながるような不穏な動きが少しでもあると、見せしめに処刑された。

ロシアではこうした封建的な社会風土が、19世紀になっても根強く残っていた。

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最終更新:9/11(水) 20:16
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