ここから本文です

【齋藤薫の美容自身】悪口を言わない女は信用できない?

9/11(水) 14:00配信

VOCE

悪口に反論するなとは言わない。でも、それ、難しすぎる

「あなたは人の悪口を言いますか?」と聞いたアンケート。結果は、見事にイエスとノーがちょうど半々。いや、厳密に言えば、ノーと答えた50%の人も「悪口はあまり言わない」か「ほとんど言わない」。つまり100%言わないという人は、ほぼ皆無であるということ。これが悪口というものの特性なのかもしれない。そして、それでいいと思う。

 以前『マツコ&有吉』が、「悪口を言わない人は信用できない」と指摘、物議をかもしたことがある。いや、概ね共感を得たことがニュースになったというほうが正しいのだろう。頑なに悪口を言わない人とは、コミュニケーションが取りにくい。カマトトぶっていて、逆に信用できない……というものだったが、これも一理あるのかもしれないと、納得させられたのは確か。

 こういうことなのだと思う。人の悪口を振られた時、「そうかな。私はそうは思わない」ときっぱり言うとカドが立つ。「でもそれ、見方次第じゃない? 彼女いいところもある人なのに」と言えば、相手が傷つく。「私、人の悪口言えるような立場じゃないから」と言えば、相手をムッとさせるのだろう。いずれにせよ何なのこの人!となってしまう。悪口への反論ほど難しいものはないのだ。“ちゃんと的を射てる悪口”なら、いっそ同調するほうが無難なほどに。

 少なくとも自分が日頃より、快く思っていない人物の悪口を振られた時、胸がスッとするのは人として当然のこと。そこでなお、頑なに同調しないのは、むしろ不自然、何かの保身に見えてしまう。あなたはどれだけご立派なの、という気配を醸し出してしまうから。

 ただ悪口の主導権を握るのは、当然のことながらやっぱり避けるべき。TV的悪口の天才たちは「人の口は悪口を言うためにある」とまで言い放ったが、一般人がそれを真に受けて悪口を言いまくれば、それこそ信用ならない人になる。100%損をする。彼らはあくまで「自分たちは、悪口をお金に変えた人たち」と自認していて、実際ここまで面白おかしく洒落た悪口を言えるウィットがあればこそ、確かに悪口も人間をぞんざいに見せないし、知性に溢れた悪口は、人間を高級に見せもする。でもそうでないなら調子に乗ってはいけない。自分から悪口を人に振らない努力は必要。そうでなくても、ひとたび口をついたら撤回はできず、あの人があなたの悪口を言っていた、と告げ口をされ、貶められても仕方がないのが、一般社会の悪口というものなのだから。

 じゃあ、極めて一方的で悪意に満ちた、同調できない悪口の場合はどうだろう。これはもう、ひたすら受け流す。つまり同調ではなく相槌でもなく、「え、そうなの?」「そうなんだ」と、単なる聞き手として距離を置きつつ、その場をやり過ごすのだ。カドを立てずに抵抗はできるということも覚えておきたい。

 またそれが3人以上の会話だった時は、反論もしないが同調もしない、いないふりをすることはできるはず。それは、“自分だけいい子になること”ではない。悪口はある意味お付き合い。自分が付き合わなくても、他に付き合う人がいるならば、積極的に付き合うことはない、悪口とはその程度のものだということ。

 そこで一人だけ、悪口に反論すれば、あなたがいないところで会話が“あなたの悪口”に変わるのは目に見えている。所謂、悪口はその場で覆すことなどできない。引っ込みがつかないのが悪口。否定すれば、悪口を言った人たちは猛然と自己弁護に走るだろう。だから反論した人間を悪者にするしかないのだ。「彼女は立派、人格者!」なんて誰かが褒めてくれる訳がないのである。

 もちろん反論していけないとは言わない。しかし悪口を撤回させるのには、とてつもない手間と時間がかかる。それが明らかに免罪でも、それこそ有罪を無罪に変えるくらいの証拠と説得と根気が必要だということ。悪口は落とし穴だらけだからこそ、怖いのである。

1/2ページ

最終更新:9/11(水) 14:00
VOCE

記事提供社からのご案内(外部サイト)

VOCE

講談社

毎月22日発売

670円

「キレイになるって、面白い」。
コスメ好きさんのための、
最新美容情報が盛りだくさん!

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事