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反日と親日を使い分け 韓国歴代大統領「対日外交術」54年史

9/12(木) 7:00配信

NEWS ポストセブン

 8月2日、日本が輸出管理上の優遇対象国(ホワイト国)から韓国を除外することを閣議決定すると、文在寅・大統領は「盗人猛々しい」「私たちは十分に日本に打ち勝てる」と日本を強く批判した。だが、国交正常化以降の歴史を見ていくと、韓国の歴代大統領は時に「反日」、時に「親日」へと揺れ動いてきた。その振れ幅が日韓関係に及ぼした影響とは──。

【写真】40億ドル支援を受けた全斗煥氏

 1965年の日韓基本条約の締結の際、佐藤栄作・首相のカウンターパートが朴正煕・大統領(在任期間は1963~1979年、以下同)だった。

 1961年5月に軍事クーデターで政権を奪取した朴氏は、翌月にはパーティの席上で「昔のことは水に流して国交正常化するのが賢明だ」(2012年5月19日、読売新聞)と公言。日韓交渉を進める方向に大きく舵を切る。その結果、日本から無償3億ドル、有償2億ドルの経済支援を引き出した。産経新聞ソウル駐在客員論説委員の黒田勝弘氏が解説する。

「当時は韓国より北朝鮮のほうが経済力で優っており、反共のために韓国も急いで経済力をつけなければならなかった。資金の協力を得られるのは日本しかなかった。根強い反日感情から韓国国民は猛反発したが、現実を重視した朴氏は戒厳令を敷いてデモを制圧し、国交正常化に踏み切った」

 この時の5億ドルを日本の政財界が利権化したわけだが、韓国も「漢江(ハンガン)の奇跡」と呼ばれる経済成長を遂げ、朴氏のクーデター時に80ドルだった1人あたり国民所得は、1979年には1200ドルへと飛躍的に伸びた。

 続く全斗煥・大統領(1980~1988年)の時代、日本の教科書問題に端を発した流れのなかで、1983年に中曽根政権から40億ドルの経済支援がなされたが、全氏は1984年、訪韓した安倍晋太郎・外相との会談でこう述べている。

「過去に執着することなく、日韓の未来の協力のあり方について韓国国民は真しな願いを持っており、(私の)訪日を理解していると信じている」(1984年7月9日、日本経済新聞)

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最終更新:9/12(木) 8:21
NEWS ポストセブン

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