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ロベカル、カフーら名サイドバックの系譜。 歴代スターの共通点は

9/12(木) 6:17配信

webスポルティーバ

強心臓でならした当時22歳の若者は、決勝で同点ゴールとなるPKを蹴っている。第1キッカーはウリ・ヘーネスだったが、準決勝のポーランド戦で止められていた。第2キッカーはミュラーのはずだったが、なぜかボールを持ってペナルティースポットに向かったのはブライトナー。

 ヘーネスとミュラーはバイエルンのチームメートでもあったから、ブライトナーはPKを蹴ったこともなかったに違いない。しかし、冷静なサイドキックで完璧なPKを決めた。

 いかにも不敵なブライトナーらしかったが、後日談がある。テレビで再放送を見ていたブライトナーは「おい、何しているんだ、やめろ!」と、テレビに向かって叫んだという。テレビの中の落ち着き払っている自分を見て、冷や汗をかいていたそうだ。

 レアル・マドリードに移籍したブライトナーはしばらく代表から遠ざかっていたが、1大会飛ばして1982年スペインワールドカップにプレーメーカーとして出場し、決勝までチームを牽引した。

 自由奔放、大胆不敵。何でもできる能力を持っていたブライトナー、ジュニオール、ダニエウ・アウベスは、自らの能力を制限しなかった。慣習に縛られず、自分の道を自分で切り拓いている。SBという制服どおりの選手にならず、あくまでブライトナーであり、ジュニオール、ダニエウ・アウベスだった。

西部謙司●文 text by Nishibe Kenji

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最終更新:9/25(水) 22:31
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