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認知症でも「言葉にならない動機」は確実にある

9/13(金) 6:10配信

東洋経済オンライン

アルツハイマー型認知症の実母との暮らしを通し、生活の中で感情の動きに着目することで、脳の伝達ネットワークを変える可能性があると説いた、脳科学者の恩蔵絢子さん。
働き盛りの30~40代が抱えるさまざまな脳の悩みに答えた前々回記事、感情こそが認知症の希望であると語った前回記事に続き、今回は認知症の方の社会的な感受性や、意識にのぼらない感情の脈絡について話を聞いた。

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■無自覚な動機を見つめることは、人の根本を認めること

 ――前々回の記事で「私たちが理性と呼ぶものは、本当に信頼できるのか」という話がありました。人の脳には自覚できない情報がたくさんあり、理性と呼ぶ意識できる情報はほんの少し。それらを点でつなげて理性と呼んでいるとのことでした。

 しかし認知症の症状が進むと、意識と無意識の境が曖昧になるように感じます。前々回は働き盛りの脳について考えましたが、認知症はどう考えたらいいでしょうか。

 認知症の方であろうと健康な方であろうと、自覚できない脈絡が膨大にあるということは同じです。しかし認知症の方は、新しい出来事を覚えることが苦手になります。今日どんなことがあったのか、自分が今どう感じているか。またそれらに自分で気づいて人に伝えることが、健康な人よりも難しくなるのです。認知症の方の思いや行動の意味を推し量るには、周りの人がその人をよく見ることが必要だと思います。

 私の母が初めてデイケア(通所リハビリテーション)に通ったとき、施設から突然いなくなりました。スタッフさん含め皆で探し回り、施設と家の中間地点で数時間後の夕方、どうにか見つかりました。本人からは理由を聞き出せませんでしたが、次に施設に行くことを嫌がらなかったことから推測すると、どうも母は初めて行った施設にただ慣れなくて、家に帰りたくなったようです。

 認知症で時々問題になる徘徊は、理由もなく家や施設を飛び出すイメージがあります。ですが、母は迷いながらもしっかりと家へ向かって歩いていたことから考えて、「帰りたい」という強い気持ちがあって家路についていた。意識にのぼらない脈絡の部分、いわゆる動機を周りの人が見ようとすれば、異常な行動などはなくて、どんな行動であれ自然な行動に見えてくるのだと思います。

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最終更新:9/13(金) 6:10
東洋経済オンライン

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