ここから本文です

小松政夫(コメディアン、俳優・77歳)「体が続く限り走り回り、飛び回って、最後にホロリと泣かせる芝居をしたい」

9/14(土) 6:06配信

サライ.jp

【サライ・インタビュー】 小松政夫さん

小松政夫さん 
(こまつ・まさお、コメディアン、俳優)
――植木等の付き人から始めて芸能生活55年。――
「体が続く限り走り回り、飛び回って、最後にホロリと泣かせる芝居をしたい」

※この記事は『サライ』本誌2019年9月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。(取材・文/佐藤俊一 撮影/宮地 工)

──長い旅公演が終わったばかりです。

「5月5日から27日まで『熊谷真実一座の旗揚げ公演』で、旅に出ておりました。初日が鹿児島で、長崎、福岡、広島、岡山、愛媛、兵庫、和歌山……といった具合に、西日本各地を移動しながらの舞台でした。以前からよく知っている熊谷真実さんに頼まれ、軽い気持ちで引き受けたんですけどね。

舞台は現代劇と時代劇の2本立てに加え、幕開けが、私の“はやり言葉”が満載という『小松政夫笑(ショー)』の3部構成。1回の公演が約4時間で、それも移動続きの強行軍でしたから、まあ、疲れ果てました。私のはやり言葉でいえば“もうイヤ、こんな生活!”って、毎日でした」(笑)

──「小松政夫笑(ショー)」は大喝采でした。

「昔、私と伊東四朗さんのコンビで爆発的にヒットした『電線音頭』をやりましたからね。あれは私の長い芸歴のなかで、40年以上前、それも2年間ほどのことなんですが、今でもやれば拍手がきます。有り難い限りですが、踊りながら片足で跳ぶんですが、最後は足が上がらなくなっちゃってね。ホテルで頼んだマッサージの人に“片足に負担がかかることを何かしてますか”と聞かれる始末でして(笑)。大阪で千秋楽だったんですが、翌日は雨模様でしたので、傘を杖代わりに帰ってきました」(笑)

──「はやり言葉」を数多くお持ちです。

「数えてみると80個ほどありました。どれも私の周りにいる人たちの言動がもとになっていて、それを私が誇張や脚色したら“はやり言葉”になったんです。〈知らない、知らない〉というのは、自動車のセールスマンをしていたときに先輩だった人の口癖。〈ながーい目で見てください〉は、気立てのいい女装趣味のある中年がモデルで、電話で誰かと別れ話をして泣いていた。そしてしばらくすると鏡のなかの自分に向かい“年を取ったわねぇ”とため息をつき、両方の目尻の皺を手で横にグッと引っ張ると“ながーい目で見てください”。そう、ポツリと言ったのがもとです。〈どうしてなの? おせーて、おせーて〉は飲み屋で聞こえてきた会話をヒントに生まれたものです。ニュースからも拝借しましたよ」

──どんなニュースですか。

「昭和49年、終戦後もフィリピンの密林に潜伏し続けていた元陸軍少尉・小野田寛郎さんが帰国したじゃないですか。あのテレビ中継で、アナウンサーが母親に“何か声を掛けてあげてください”と言うと、母親が“よう生きて帰ってくれました。あんたは偉い”と。それからですよ。『表彰状 あんたはエライ!! 小松政夫』と書いていろんな方に贈呈し始めたのは。いちばん喜んでくれたのは、女優の森光子さんでした(笑)。最近、“あんたはエライ!!”と表彰したのは元キャンディーズの伊藤蘭さんです」

──今年、復帰コンサートをされましたね。

「私はキャンディーズの解散直前まで、バラエティ番組『みごろ!たべごろ!笑いごろ!!』(現・テレビ朝日で昭和51年10月~53年3月放送)のコメディで、共演しましたからね。復帰コンサートに行ったんですが、解散は41年前でしたから、蘭さんも64歳。私らの世代には猛烈な蘭ちゃんファンがいるんですが、会場で周りを見たら、オジさんどころか、おジイさんなんですね(笑)。彼女の楽屋へ「蘭」の花を贈り、洒落で『表彰状 あんたはエライ!!』って書いて置いてきたんです。そしたらツイッターっていうんですか? その蘭の写真が拡散されて投稿がどんどん来たというんですから、オレもまだまだイケルなと思いました」(笑)

── 淀川長治さんの真似も秀逸でした。

「あれは昭和42年、私が植木等さんの付き人兼運転手だったとき、クレージーキャッツが大阪の梅田コマ劇場で1か月の公演をしたときに、ひねり出した苦心の芸です。2000人収容の劇場は連日超満員で、通路にも観客があふれてドアが閉まらず、暗転して舞台を変えることができない。ハナ肇さんに“小松、一部と二部の間の2分を、お前ひとりでつなげ”と言われたんです。いろいろやったんですが、まったく受けない。困り果てて、思わず独特の話し方が気になっていた映画評論家の淀川長治さんの口真似をしたんです」

──それで笑いが取れたんですね。「マイクの前に立ち、“はい。またまた、お会いしました”と言ったら、ドッと笑いがきた。次の日は裏方さんが、下から紐で引っ張ると眼鏡の上で大きな三角眉毛がピクピク動く小道具を作ってくれました。登場するだけで爆笑の渦です。お陰で、私はバラエティ番組へ引っ張りだこになったんです」

1/4ページ

最終更新:9/14(土) 8:43
サライ.jp

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事