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グレース・ケリーの記憶 ― フィラデルフィアのケリー家と父【第一章】

9/14(土) 21:10配信

エスクァイア

 モナコ大公であるレーニエ3世と結婚し、公妃となった銀幕のスター、グレース・ケリー…。可憐でエレガントな彼女の生涯と、1982年9月13日に娘ステファニー公女と転落事故死した後の、彼女をとりまく親族や子どもたちの人生を四回にわけてご紹介します。第一章では、グレースが生誕の地フィラデルフィアが舞台です。

【写真15枚】グレース・ケリーの華麗なる孫たち ― モナコ公国のロイヤルファミリー

 ドアをすり抜けるように室内に現れたグレース・ケリーは、妹のリザンヌに挨拶のキスをすると、母親の顔を見るために階段を駆け上がっていきました。頭にかぶったスカーフ、サングラス、そしてロンドンのテイラーで仕立てた黒いスーツ…まさに、雑誌の紙面を飾る姿そのままの神々しい装いでした。

 これは1954年10月13日、午前中の場面です。

 米国・北フィラデルフィア駅に到着したグレースが、「フォーディー(Fordie)」の名で親しまれていたケリー家のお抱え運転手ゴドフリー・フォードによって、生家へ帰還したのでした。

 15部屋を有するケリー家の豪邸は、スクールキル川沿いの丘陵を埋めるイースト・フォールズ地区の労働者階級の近隣にあり、異彩を放つ建物。ブルーカラーの住人が代々築き上げてきた、お世辞にも優雅とはいえない地区にありながら、冬の間には子どもたちのためのスケートリンクにもなるテニスコートを備えた、広大な裏庭を誇るケリー家の屋敷。毎年のクリスマスには、見事な模型電車の走り回る巨大な地下室までありました。

 グレースは、その一週間前にもフィラデルフィアに帰省していました。

 彼女の短かすぎる人生において、もうすっかり当たり前のこととなっていた授賞式に出席するためです。今回の賞は、「ペンシルバニアの生んだ特別な女性」に対して授与されるもので、実業家の娘であるサラ・メロン・スカイフ、彫刻家のジャネット・デ・クーも受賞者として出席していました。金メダルは、事前に州都ハリスバーグで知事の手から各受賞者に直接手渡されていました。

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最終更新:9/14(土) 21:10
エスクァイア

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