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あなたは「屋久島」の奥深さを知っていますか

9/14(土) 15:10配信

東洋経済オンライン

 29. やや内陸の標高500mくらいまではシイやウラジロガシなど暖帯林、以降1000mまでは混合林でスギも見られる。

 30. 1000~1600mは屋久杉、ヤマグルミ、モミなどの温帯林で、1600mを越えるとササに覆われ高山的様相となる。

 31. 本州や四国などで落葉広葉樹林帯にあたる部分にブナの代わりに「屋久杉」が分布しているのも特長的である。

■屋久島独特の山野草

 32. 島の中心部には〈日本最南端の高属湿原〉である「花之江河(はなのえごう)」「小花之江河」も広がっている。

 33. 特有の自然から〈ヤクシマ〉と冠した植物が多数存在するが、他の地より小ぶりなものが多いといわれる。

 34 一般的にアキノキリンソウは30cm以上になるが、その変種である屋久島のイッスンキンカはせいぜい7cm程度。

 35. このような特長を持つ山野草は盆栽としての観賞価値が高く、「屋久島もの」と呼ばれて珍重されている。

 36. 「屋久杉」とは、屋久島に産したスギのなかでも〈樹齢が1000年を超えたもの〉を指す。

 37. 屋久島のスギは、その特異な自然環境に対応して抗菌性を持つ樹脂が多量に分泌し、きわめて長寿になる。

 38. 他にも幼樹の葉が鋭いなど、この土地のスギならではの特長的な形態を有している。

 39. 抗菌性・耐久性があることから中世以降、建築材や造船材として大いに利用されることとなった。

 40. 1595年屋久島は太閤検地によって島津家の直轄地になったが、その後、石田三成は島津義久に木材調達を指示。

 41. 豊臣秀吉による京都方広寺大仏建立のための資材で、実際に薩南海域から大阪へ木材が運搬された形跡がある。

 42. 一説には、現在も屋久島に残る「ウィルソン株」はその際に切り出されたスギの切り株ともいわれている。

 43. 17世紀には薩摩藩によるスギの伐採が本格化し、明治になるまでに良木のほとんどが切り出されたという。

 44. 島に残る樹齢1000年程の巨木は、当時ゆがみなどで山地での製材が不可能とされ伐採されなかったものが多い。

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最終更新:9/17(火) 22:40
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