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ラグビー女子が注目するW杯の見どころ

9/15(日) 12:32配信

Wedge

 夏季オリンピック、FIFAワールドカップに次ぐ世界の3大スポーツイベントに挙げられるラグビーワールドカップ2019日本大会が今月の20日に開幕する。ラグビー文化の根付いたヨーロッパや南半球のニュージーランド、オーストラリア、南アフリカという伝統国を離れ、アジアで初めての開催となる。今回は決勝をはじめ、ビッグゲームの舞台となる横浜で、様々な機運醸成のためのイベントに協力してきた女子ラグビーチームYOKOHAMA TKMの平野恵里子キャプテンとイタリア代表でもあるヴェロニカ・スキャヴォン選手にお話しを聞きました。

ーー まずは所属チームをご紹介ください。

平野 私たちは横浜市戸塚区を活動拠点とする医療法人横浜柏堤会の女子ラグビーチームで2011年8月に発足しました。現在の部員数は16人で、日本代表(15人制、7人制)の選手や、元ニュージーランド代表選手やヴェロニカさんのようなイタリア代表選手も所属しており、多様性に富んでいます。練習中は英語と日本語でコミュニケーションをとっています。

ーー お二人は2017年に行われた女子ワールドカップに平野さんは日本代表として、ヴェロニカさんはイタリア代表として出場したとのことですが、ラグビーを始めたきっかけと初めて国代表に選ばれたときのことをお聞かせください。

平野 私は2016年の女子アジアラグビーチャンピオンシップ(15人制ラグビー)の香港戦で初めて日本代表に選ばれたのですが、始めたのは釜石のラグビースクールで小学校1年生のときでした。父親もラグビーをしていましたし、姉も同じラグビースクールに通っていましたので、やりたくて始めたというより、いつの間にか始めていたような感じです。

ーー 好きで始めたわけではなかったのですか。

平野 そうなんです。ラグビースクールには姉ともう一人くらいしか女子がいなくて、男子と一緒にやることに抵抗があったからです。それでも当時の女子は大半が小学校でやめてしまいますから、私もそれまでの我慢だと思ってやっていました。

 その一方で男子よりも走るのが速かったから、トライを取ることが楽しかったですね。単純ですがそれが今でもラグビーの魅力になっています。

 中学で陸上部に入っていったんラグビーからは離れるのですが、高校では陸上部に所属しながら、週に1回は釜石ラグビースクール、月に一度は東北ユースの練習会に出て、陸上部を引退したあとは高校のラグビー部で男子に混じって女子一人で続けました。ヴェロさんはいくつで代表に?

ヴェロニカ 私は18歳でイタリア代表に選ばれたのですが、わたしの家族は母がイタリア代表でしたし、父も代表のコーチを務めていたので、自分が選ばれても特別なこととは思いませんでした。

 幼い頃からグラウンドで選手たちの周りで遊んでいましたし、7歳のときからラグビーをしていたので、ラグビーはとても身近なものでした。

 私も11歳までは男子と一緒にやっていましたが、私は強くてよく褒められていましたから、とにかくラグビーが楽しくて大好きだったのでエリコ(平野)と違って我慢はまったくありませんでした。(笑)

 代表になりたくて頑張ったという記憶もありません。ですが、代表に選ばれたからには強豪国とも試合をしますから、強くならなければいけないと思って頑張りました。

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最終更新:9/17(火) 11:41
Wedge

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