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「ニッポンチャチャチャ」の発案者は誰? 誰もが知る応援歌の歴史

9/15(日) 8:45配信

bizSPA!フレッシュ

 2022 FIFAワールドカップ・アジア予選が始まり、今月末からはラグビーW杯が日本で開催。多くの日本人があらゆる競技で日本代表に声援を送る時期となっている。

 日本代表の応援といえば、バレーボールでおなじみの「ニッポンチャチャチャ」。どの競技、会場にも響きわたる。

「ニッポンチャチャチャ」には発案者がいた

 ではこの「ニッポンチャチャチャ」は一体、いつだれがはじめたものなのか。

「ニッポンチャチャチャ 起源」などとインターネット検索しても、いくつかの説があるという情報が出てくるばかりで、はっきりと「いつ」「だれが」と明言したものはなかなか見つからない。

 そんな折、多磨霊園で奇妙な墓石を見かけた。サッカーボールの形をしたそれは、墓石というよりモニュメントといった方がしっくりくるフォルムをしている。多磨霊園にはサザエさんの作者である長谷川町子や芸術家の岡本太郎、作家の江戸川乱歩や元東京都知事の美濃部亮吉などといった様々な有名人の墓がある。

 そのため、サッカーボールの墓石の下に眠っているのも有名なサッカー選手だと思って近づいてみたが、そこに刻まれた名前は「池原謙一郎」。

 彼の正体はサッカー選手でもなんでもなく、代々木公園や大阪万博の日本庭園など、国家クラスの巨大プロジェクトで造園を手がける、敏腕の景観デザイナーである。

 そして、サッカーボールのそばに小さな碑が建っているのを見つけた。そこに書かれていたのが「ニッポン!チャチャチャ!発案」という文字である。

元祖サポーター・池原謙一郎とは?

 造園業を営んでいた池原謙一郎氏は、日本サッカーの黎明期だった1962年にはすでにサッカー日本代表を応援していたが、当時の日本ではスポーツ観戦といえばプロ野球と大相撲の時代で、サッカーはまだまだ陽のあたる存在ではなくスタンドもガラガラだったという。

 そんな中で池原氏は仲間らと「静かなスタンドに歓声を」の名の下に応援をしはじめた「元祖サポーター」と言われる人物だったのだ。

 そんな池原氏が1966年、イングランドの名門アーセナルを日本代表が迎え撃った試合で「ニッポンチャチャチャ」を世界で初めてコールしたのだという。

 それまで、高校野球の応援のようにブラスバンドに合わせた手拍子が、スポーツの会場で応援をする唯一の日本人のスタイルだったが、池原氏のサッカーらしい応援をという思いが「ニッポンチャチャチャ」を生み出したのだ。今ではあらゆるスポーツの会場に響く「ニッポンチャチャチャ」のはじまりはここにあった。

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最終更新:9/15(日) 8:45
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