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落語家、そのイメージはちょっと困ります(立川吉笑)

9/16(月) 7:47配信

NIKKEI STYLE

これは師匠・談笑と交互に連載する「マクラ」エッセーです。と、前回の師匠と全く同じ書き出しで始めてみました。今回は弟子の吉笑が担当します。よろしくお願いします。
ちなみに師匠は「エッセー」と書いておられましたが、僕は「エッセイ」と書く派です。たまに「エセー」とおっしゃる年配の師匠がいて、何だかカッコイイなぁと思うこともあります。落語家というイメージ的には「随筆」が一番しっくりくるのかもしれません。
落語家という特殊な職業に就いていると、こんなふうに相手から「落語家だからきっとこうだろうな」とざっくりしたイメージを持たれていることが少なくありません。「落語家さんだったらエッセーみたいな横文字よりも、随筆という日本語表記を好まれるだろう」とか、「落語家さんは明るく陽気でいつでも洒落(しゃれ)が効いている人だ」とか。
良くも悪くもそれだけ落語家というキャラクターが皆さまに認知されているのだと思います。これが例えば能楽師や雅楽師であれば、落語家ほどはキャラクター像が立ち上がってこない気がします。
でも実際は、落語家と言っても全員が全員明るくて陽気なわけじゃありません。もちろんそういうタイプの落語家もいますが、一方で僕自身はどちらかと言えば底抜けに明るい感じじゃないですし、もしかしたら僕みたいなタイプの方が多いかもしれません。
「落語家だからきっとこうだろう」と思い込まれてしまっているなと感じることは多々あれど、最近特に印象的だったのは、初めて落語会を主催する方とメールで打ち合わせをしたときのことです。
■座布団、何枚?
高座の作り方についての相談の中で「ところで座布団は何枚いりますか?」と質問されました。その方にとって落語のイメージの大部分を、人気テレビ番組「笑点」の大喜利が占めていたのでしょう。面白い人はたくさんの座布団に座るものだという認識があったようです。僕が「1枚でいいですよ」と答えると、返ってきたのは「またまた~」という一言。僕が謙遜して1枚でいいと答えたと思われたのでしょう。思いがけない返信に笑ってしまいました。
「落語家はとにかくお酒が好き」というイメージを持たれている方も少なくありません。打ち上げのような場所では当然として、落語会が始まる前の楽屋でキンキンに冷えたビールを出されたことが何度もあります。落語家はお酒が心底好きで、本番前でも構わずにお酒を飲むつわものぞろいだ、というイメージをお持ちなのでしょう。そういう落語家像に憧れもありますけど、基本的には高座前にお酒を飲む落語家は現代では皆無と言ってもいいくらいだと思います。僕に至っては1年以上禁酒しているので、今は打ち上げですらお酒を飲みません。
「コンピューターに疎い」というイメージを持たれることもよくありますが、僕自身はスマホはもちろん常にノートPCを持ち歩き、収録した高座音源はすぐにWEBサーバーにアップするくらいにはパソコンを使いこなしています。「字が綺麗(きれい)」というイメージを持たれることもありますが、真剣に書いたサインを渡したら「ふざけてるのですか?」と怒られたことがあるくらい字が汚かったりします。
特に我々を困らせるのは「落語家は蕎麦(そば)が好き」というイメージ。粋な江戸の落語家は蕎麦を好んで食べると思われている方の多いこと。確かに蕎麦は僕も大好きでよく食べますけど、それは普通に食べ物として蕎麦が好きというレベルの話。落語家に求められているレベルの「蕎麦が好き」というのは、それよりももっと極端で、例えばつゆの濃さとか、箸でつかむ蕎麦の本数とか、薬味の使い方とか、蕎麦に関するあらゆることに確固たるこだわりがあるくらいのイメージです。僕はと言えば、チェーン店の立ち食い蕎麦でも満足できるし、むしろちゃんとした蕎麦屋さんに行くと一人前の量の少なさを物足りなく感じてしまうほどのライトな蕎麦好きです。
■実践「蕎麦通の食べ方」
そんな僕に「とある番組で蕎麦通として蕎麦の食べ方を実践してほしい」というオファーがきました。知り合いのディレクターから急きょ収録することになったから助けてほしいと頼まれて、「そんなに蕎麦にこだわりないよ」と断ったけど、どうしてもとお願いされた結果、出演することになりました。
と言っても、その場でいつものように等身大の蕎麦の食べ方をしたら映像的に使いづらいだろうというのは分かるので、ネットで「蕎麦の正しい食べ方」を検索してから収録に挑むことにしました。求められている落語家像に自分を合わせていく作業です。
「蕎麦はたくさんつかむと野暮(やぼ)ったいから6本くらいをちょいとつかむのが粋」。なるほど。口いっぱいに蕎麦を頬張って食べるのが好きだったけど、やめておこう。
「蕎麦をつゆにつけすぎるのは野暮で、下3分の1くらいをちょいとつけて食べるのが粋」。なるほど。つゆにドバッと蕎麦を潜らせてから食べていたけど、やめておこう。
「わさびをつゆに溶かすのは野暮。蕎麦にちょいと乗せて食べるのが粋」。なるほど。これまではわさびもネギも全てつゆに入れてかき混ぜてから食べていたけど、やめておこう。
本当は好きに食べるのが一番おいしいと思っているけど、精いっぱい粋がって蕎麦を食べました。それでも慣れない食べ方だから、蕎麦を6本つかもうとこだわるあまり、不自然なくらいつかむのに時間がかかってしまう。さらに下3分の1だけつゆにつけようと思うも加減が分からず、つゆが一切蕎麦につかなかったり、わさびはその存在すら忘れてしまったり、散々な結果になってしまいました。
うれしい誤算だったのは、そんな僕の食べ方をみたスタッフさんが、「なるほど、ガツガツ食べるんじゃなくて、じっくり食べるのが粋なんですね!」とか「わさびやつゆを使わずに、まずは蕎麦の香りを楽しむのが粋なんですね」と、勝手に勘違いして粋と捉えてくださったこと。
……などと書いてきたこの原稿も、落語家だから手書きしているイメージを持たれているかもしれませんが、実際はカフェでソイラテを飲みながらノートPCで書いています。イメージを裏切ってしまっていたら、ごめんなさい。
立川吉笑本名は人羅真樹(ひとら・まさき)。1984年6月27日生まれ、京都市出身。京都教育大学教育学部数学科教育専攻中退。2010年11月、立川談笑に入門。12年04月、二ツ目に昇進。軽妙かつ時にはシュールな創作落語を多数手掛ける。エッセー連載やテレビ・ラジオ出演などで多彩な才能を発揮。19年4月から月1回定例の「ひとり会」も始めた。著書に「現在落語論」(毎日新聞出版)。
これまでの記事は、立川談笑、らくご「虎の穴」からご覧ください。

最終更新:9/16(月) 7:47
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