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美容家・君島十和子さん「痛い思いや辛い思いをした経験は、人生にとって必ずプラスになる」

9/16(月) 13:20配信

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ブレない生き方がカッコイイ、憧れの女性に聞きました

「なりたい自分」を思い描いて、人生つかみとったもん勝ち!
仕事、人間関係、暮らし方、お金、恋愛、結婚、出産……。何かと決断を迫られがちなのがアラサー世代。でも、誰にでも当てはまる“正解”なんてないのです。

迷うことも悩むことも、全ては自分オリジナルの生き方をつかむための道程。人生の先輩の言葉には、毎日を自分らしく生きるヒントが満載。刺さります!

今回は、美容家 君島十和子さんのお話。キーワードは【失敗は糧】です。

■美容家 君島十和子さん
1966年生まれ。東京都出身。モデル、女優として活躍後、君島誉幸氏と結婚。二人の娘の母として、美容家として、スキンケアブランド「FTC」のプロデュースを行うほか、美容にまつわる著書も多数出版。『私が決めてきたこと』など、生き方に関する著書もある。

夫と出会った時は、“彼を支えることが自分の使命”と、そのくらい運命的なものを感じた

19歳で女優になって、29歳で結婚するまでの10年間は、いただいたお仕事は拒まずにチャレンジしてきました。最初の5年ぐらいは、やりたい役なんて、一つも来たことはありません。

例えば、サスペンスドラマで、現金を抱えて埠頭を走った挙げ句、その日初めて出会った俳優さんに、後ろから羽交い締めにされるような、そんな役が続いて……(苦笑)。正直、“演じる喜び”のようなものを感じることはできませんでした。

周囲には、順調にいい役をつかんでいた女優さんで、結婚を機にあっさり仕事を辞めてしまった人もいました。私は、子どもの頃から、「将来は仕事を持ちたい」と思っていましたから、仕事に執着がありました。女優としての芽はなかなか出なかったけれど、20代後半になって、やりたい役が来た時の嬉しさは、今も忘れられません。

そんな私ですが、29歳で夫と出会った時は、「この人と結婚するなら、女優の仕事は辞めないと支えられない」と直感しました。不思議と迷いはありませんでした。大げさに聞こえるかもしれませんが、“彼を支えることが自分の使命”と、そのくらい運命的なものを感じたのです。

でも面白いのが、その後自然発生的に、私の仕事が生まれていったこと。当時夫は服飾業を営んでいて、私も地方で開かれる受注会のお手伝いに駆り出されることがあったのです。ブレークタイムに、「このお洋服を着るときは、こういう口紅はいかがですか?」と、お客様に美容やスタイリングのアドバイスをしてみたら、それが好評で。

以来、あちこちの受注会に足を運ぶようになりました。それと並行して、若い頃の日焼けが原因でボロボロになった肌を治す方法を模索するうち、皮膚科医だった夫と協力して、自分たちで日焼け止めを開発したのです。

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最終更新:9/16(月) 13:20
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