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映画『ある船頭の話』:オダギリジョーが監督としてこだわり抜いた映像世界

9/17(火) 17:18配信

nippon.com

渡邊 玲子

テレビでもおなじみの人気者でありながら、こだわりの強い仕事で独特の地位を築いてきた俳優・オダギリジョー。初めて監督として本格的な長編映画に挑んだ『ある船頭の男』では、長い年月をかけて映画界で培ってきた知見と信頼関係を最大限に生かし、自然の美と人間の秘められた狂気がほとばしる独特の映像世界を作り出すことに成功した。

9月7日に閉幕した第76回ベネチア国際映画祭で、コンペティション部門に出品された『サタデー・フィクション』(ロウ・イエ監督、中国)でコン・リーらと共演するなど、国際派俳優としての地位を確立しているオダギリジョー。

もともと映画監督志望だったことはよく知られている。これまでいくつか映像作品を手掛けたことはあるが、デビューから20年、およそ60本の映画にほぼ役者一筋で関わってきた。そのオダギリが、満を持して本格長編映画の初監督に挑戦したのが『ある船頭の話』だ。

ベネチア映画祭には、イタリア映画作家協会が革新性、オリジナリティ、独立性を基準に上映作品を選ぶ「ヴェニス・デイズ」という独立部門があるが、今回はオダギリのデビュー作が日本映画初の出品という快挙を成し遂げた。監督と二足のわらじを履く俳優はそこまで珍しくもないが、別々の作品で監督、俳優として同じ年に2度、ベネチアのレッド・カーペットを歩いた人はそういないに違いない。

『ある船頭の話』はオダギリジョー自身のオリジナル脚本。構想が生まれたきっかけは、10年ほど前にさかのぼる。撮影などで訪れた中国、モンゴル、ブラジルの農村やスラム街でたくましく生きる人々の姿を見て、自分たち日本人の生き方について深く考えさせられたという。

「便利であればいい、無駄なことは必要ない、というような極端な価値観で生きていないか? 時間やお金で物事を計り、本当の幸せは端に追いやられていないか?」。以前から、経済的な効率を最優先で考える現代の資本主義社会に疑問を抱いていたオダギリは、そのアンチテーゼとして、ゆったりと時間が流れる渡し舟の上で、人々が交わす会話を軸に展開するミニマルな物語を思い描いた。背景を日本が一気に近代化へと突き進む明治時代の一時期に設定し、脚本の草稿を書き留めていったという。

それから年月が経ち、実際に仕上がった物語の時代背景は、はっきりと明示はされていないが、明治後期から大正にかけての頃だろうか。和装と洋装の人々が入り混じる。言葉に訛りはなく、特有の地方色は表されていないが、緑豊かな山の麓にゆったりと流れる大きな川が舞台だ。主人公は、川岸の小屋に一人で住み、渡し舟の船頭を生業とするトイチ。

川上では煉瓦造りの橋の突貫工事が行われ、新しい時代の足音が響く中、トイチは相変わらず山里と町を行き来する人々を乗せ、黙々と舟を漕ぐ日々を送っていた。しかしある夜、トイチの舟は、川を漂流する人の体にぶつかる。どこからともなく流れ着いた謎めいた異装の少女にはまだ息があった。その日を境に、穏やかだったトイチの生活が大きく動き始める…。

時代に取り残される船頭トイチを演じるのは柄本明。テレビや舞台、映画で、変幻自在な芝居で主役から脇役までさまざまな人物を演じ、強烈な個性を放ってきた唯一無二の怪優だ。少女役には、オーディションで100人以上の中から川島鈴遥が選ばれ、難役に挑んでいる。さらに、トイチを慕う若い村人・源三役を若手実力派の村上虹郎が務めるほか、マタギの親方にミュージシャンの細野晴臣、その息子・仁平に永瀬正敏と、通好みの配役が光る。草笛光子、橋爪功、浅野忠信、蒼井優ら各世代の映画スターたちが、盟友・オダギリジョーの映画作りにかける思いに応え、渡しの客として登場するのも見どころだ。

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最終更新:9/17(火) 17:22
nippon.com

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