ここから本文です

あの独立自尊の大迫傑が振り返った。MGC41.8km地点、衝撃の場面。

9/17(火) 20:01配信

Number Web

 勇敢と、無謀は紙一重である。

 設楽悠太の飛び出しは、勇敢だったのか。それとも、無謀だったのか。

 結果だけを見れば、無謀だったということにはなる。

 それでも勝負が優先されるレースで、自らのレーススタイルにこだわった設楽の勇気は讃えたい。設楽の大逃げが成功する可能性もあったからだ。

 いいレースには、あれやこれやと様々な「仮定」というか、「妄想」が成り立つ。

 もう少し、気温が低かったら(翌日の東京は雨が降り、涼しかった)。

 1キロ3分ペースではなく、3分10秒ペースでも、十分な飛び出しだったのではないか? 

 レースを振り返って設楽は、「25km過ぎから、もうキツくなってしまって」と話したが、失速するタイミングがもう少し遅かったら、集団を形成する選手たちはより早く仕掛けていただろうし、違った結果が待っていたかもしれない。

自由奔放さこそが設楽の強さだった。

 敗れたとはいえ、設楽の及ぼした「エフェクト」は甚大なものがあった。

 レース後、疲労困憊の設楽は飛び出したことに後悔はない、と話した。これもまた、彼らしい。

 東洋大時代は言葉数も少なく、インタビュアー泣かせだったが、社会人になってからの設楽の話を聞くのは、いつも楽しかった。

 天真爛漫。マイペース。

 レースのスタート時間に合わせて起床時間を調整することもないし、食事にもこだわらない。

 常識に囚われない自由奔放さがあったればこそ、日本記録の樹立につながったと思う。ただし、今回ばかりはそれが裏目に出た。

 自制。

 少しばかり自制することを事前のレースで体得していれば、結果は違ったかもしれない。

 それにしても、学びの場がMGCだったとは……。

設楽の飛び出しが大迫の焦りを生んだ。

 今回のMGCで、「設楽エフェクト」の影響をもっとも受けたのは、設楽と共に横綱とみなされていた大迫傑ではないか。

 3位で内定とはならなかった大迫。レース直後の囲み取材では、

 「完全に力負けです。最後には脚が残っていませんでした」

 と潔く負けを認めていたが、余力が残っていない要因までは詳しくは分からなかった。

 しかしレースの翌々日、日本テレビの『スッキリ』に出演し、大迫はレースを次のように振り返った。

 「レース前にコーチとも相談して、当日の気象条件を考えると、ひとりで逃げ切るのはむずかしいだろうと判断しました。飛び出したのがひとりだったら、落ちてくる可能性が高いので、追いかけてリスクを取るよりも、見逃そうという選択でした。ただし、実際に設楽選手が飛び出して、自分の中で焦りというのがなかったとは言えないです」

 それはレースの進め方に表れていたという。

 「いつもだったら集団の後方で全体を見渡す位置にいるんですが、集団の前の方でレースを進めてしまったんです。そのため、それぞれの選手のスパートに対応してしまったので、脚を使ってしまいました」

 いつも、大迫は泰然自若としており、テレビの中継でも集団の後方に待機しているため、その姿を捉えづらい。ところがMGCでは大迫の姿がよく映っていたのには、こういう理由があったのだ。

1/3ページ

最終更新:9/23(月) 12:11
Number Web

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事