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もう無理…「休まない」を貫く36歳社長が感じた「限界」とは

9/18(水) 9:00配信

幻冬舎ゴールドオンライン

25歳のとき、「一人親方」として電気工事の世界で独立した瀬古恭裕氏。3年後に法人化した際、当時の社員はわずか3人だったといいます。しかし現在、グループ全体で社員200人、連結売上高70億円、経常利益10億円の企業にまで成長しました。この背景には、「ワンマン経営」に対する、ある気づきがあったと同氏は語ります。株式会社鈴鹿の代表取締役・瀬古恭裕氏の書籍『社員が好きなように働く会社』(幻冬舎MC)より一部を抜粋して解説します。

「いままでのやり方ではもう無理なんだ」

法人化してから10年目くらいまでは、無理をして会社を大きくするつもりはありませんでした。社員も10人くらいでアットホームな雰囲気でしたし、無借金経営でそれなりに経営も順調でした。

ただ、長い目でみると、このままでいいのかという気持ちが芽生えていたのも事実です。同じような規模の電気工事会社は、私たちの会社がある三重県内にもたくさんあり、そういうところは常に社員が入れ替わっています。

作業員が10人いるとして、その中で50代くらいになった人は、20代の若手が入ってくると次第に窓際的なポジションに追いやられ、いつしか辞めていくのです。もちろん、いろいろな事情があるのでしょうが、そうして辞めた人がその後、どうなったのか聞いてみても、2~3人の小さな会社に入ったり、一人親方になったり、あまりハッピーな話は聞きませんでした。

私たちの会社も、こぢんまりした規模で満足していては、将来、いまいる社員を幸せにすることはできないのではないか。そうではなく、もっと成長し続け、社員も年齢や経験とともに役職が上がり、給料も上がるような会社にしたい。社員数が多い方が、退職率が低いというデータもあります。社員の幸福度を上げるためには、増員して規模の拡大を図るしかない、そう思うようになっていました。

それには、自分も現場を掛け持ちして工事をこなすアットホームな町の電気工事会社の「親方」ではなく、それぞれの現場をコントロールできる管理者を育て、総務や経理なども専門的なプロを雇って任せ、自分は経営に軸足を置く「社長」になる必要があります。

「親方」から「社長」になるため、腹を決める出来事が起こりました。

創業13年目、36歳のときでした。ある日、現場で急に足腰に力が入らなくなったのです。床に座り込んでしまい、立てません。異変に気づいた現場監督が「どうした?」と声を掛けてくれたのですが、ろれつが回りません。「脳梗塞じゃないのか」と言われ、社員にすぐ病院へ連れて行ってもらいました。

そのときは本当に、「もうまともに働くことはできないのではないか」と思いました。でも、私が会社にいなければ、会社のことは他の誰も分からないので、社員や家族に迷惑を掛けてしまいます。

「これはまずい」と思い、検査前に自宅で、会社の業務引継ぎのために「これはこうする」「あれはここに連絡する」といったメモをつくっていました。ところが精密検査の結果はまったく異常なし。ただの疲労でした。

「ただの疲労」といっても、25歳から冠婚葬祭以外、休んだことがなかったため、それだけ溜まっていたのでしょう。とはいえ、そのまま1週間入院することになり、「いままでのやり方ではもう無理なんだ」と心の底から悟りました。

それまでは全部ワンマンでやっていました。ナポレオンのことだったか、偉人は3時間しか寝ないで働くという話を読んで、「自分も絶対これでいく」「人の3倍働くには睡眠を削るしかない」と考えていました。しかし、そのやり方では長くは続きません。自分はもっと経営に徹して、現場は社員に任せていかないといけない。それには社員を増やさないといけないし、会社の仕組みをしっかりつくらないといけない。経営者としての腹が決まった出来事でした。

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最終更新:9/18(水) 9:00
幻冬舎ゴールドオンライン

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