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女性に照準、玉造温泉復活劇

9/19(木) 20:10配信

Japan In-depth

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【まとめ】

・1300年以上の歴史もつ玉造温泉が、一時期閉館の危機にさらされた。

・温泉街のイメチェンから始め「行きたくなる場所」を地道に作った。

・現場の改革意識、夢物語を継ぐ努力、独自性の追求で再生を果たす。

「ゴーストタウンでした。とにかくお客さんが歩いていない。店もどんどんつぶれていました。団体旅行が中心の温泉街だったのですが、宿泊客が減っていきました」。島根県松江市にある玉造温泉を再生させた仕掛け人、角幸治(すみ・ゆきはる)は、振り返る。

出雲大社と松江城という観光地に近く、隆盛を誇った玉造温泉。山陰屈指の温泉で、日本最古の湯の一つだ。この玉造温泉は、1992年に大きな転機を迎える。米子自動車道が開通したのだ。岡山や鳥取からの観光客の増加が見込まれる。

そこで、玉造温泉の老舗旅館は次々に設備投資を行い、大型化を図った。チャンス到来と思った投資だったが、それが裏目に出た。時代のトレンドは団体旅行から個人旅行へとシフトしていた。つまり、団体が旅行代理店経由で旅をするのではなく、個人がインターネットなどを手掛かりに宿を選ぶ時代が到来したのだ。潮流を読み違えた代償は小さくない。2000年以降、観光客が減り続け、2007年には15ある旅館のうち、4つの旅館が経営破たんした。

「このままでは1300年続いてきた玉造温泉がなくなってしまう」。その危機感が住民の間で広まり、再生への取り組みが始まった。

角は仲間と一緒にまず手掛けたのは、温泉街のイメージチェンジである。

「いろいろアイデアが出ましたが、どれも二番煎じ。そんなとき、出雲国風土記で玉造温泉は美肌の湯として記されていることから、美肌を追求した方がいいと思いました」

玉造温泉を美肌の温泉として前面に打ち出した。若い女性をターゲットにしたのだ。美肌温泉を使った化粧水などを販売すると、若い女性らが次々と足を運んだ。

私は角の案内でこの温泉街を取材した。見るものすべてが新鮮だった。1990年代前半に島根に赴任していた当時の玉造温泉とは様相が一変していたからだ。その時の玉造温泉は浴衣を着た男性がほとんどで、女性は近づきがたい雰囲気だった。しかし、今は色とりどりの浴衣を着た若い女性が往来する。

さらに驚いたのは、通りを歩くと随所に見掛けたお金をもうけるシステムだ。例えば、無人で温泉のお湯を販売する一角。温泉が湧き出る水飲み場のようなところに、小さなボトルが置いてある。ボトルに入れて温泉を持ちかえれば、料金は200円。人件費もかからない販売所である。ボトルの原価が80円でこれだけで120円のもうけである。年間では1200万円の売り上げになる。

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最終更新:9/19(木) 20:10
Japan In-depth

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