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あの夏の指先(ふみぐら社) #ファーストデートの思い出|恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる

9/19(木) 6:05配信

幻冬舎plus

林伸次



バー店主がお客さんから聞いた忘れられない恋の話を書き留めた、林伸次さんの小説『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』のnoteハッシュタグ企画「#ファーストデートの思い出」。1256本の中から幻冬舎plusの竹村優子が選んだ一番好きな作品は、ふみぐら社さん「あの夏の指先」。

「先の見えない不安と夏の終わりのさびしさ。少しだけ眩しい指先。恋とか愛ではないけれども、でもたしかにあった特別な関係、特別な時間の切り取り方がとても好きでした。」(竹村優子)

 *   *   *

 

僕が初めて、旦那さんのいる女性とデートしたときのことだ。

あ、一応先に書いておくとべつに不倫とかそういう大人の要素はミリも出てきません。

西暦が2000年代に変わっても、まだ世の中には90年代後半の重たく冷ややかな空気が流れ込んでいた時代。

宇多田ヒカルが『Wait & See~リスク~』のMVで早朝の渋谷を奇妙な空飛ぶバイクで疾走していたことを思い出す。あの空気感。

僕はライターをしながらオルタナティブ系の記事を雑多に詰め込んだメルマガを発行していた。読者はよく覚えていないけど300人ぐらいだったと思う。

まあ、たいして多いわけでもなく、仕事では書けないような情報やメディアが採り上げない映画レビューを書いて好きに配信していた。

彼女はそんな僕のメルマガ読者のひとりで、同時に彼女自身も貧乏食日記的なメルマガの発行者だった。

いまのようにSNSもnoteみたいなプラットフォームもなかったあのころ。自分のメルマガを持つのは、なんていうか手書きのブログ(なんだそれ)とか文字だけのオウンドメディアを持つみたいな感覚だった。

発行者同士での相互フォローとかオフ会みたいなのもふつうに行われていた。うん、懐かしい。

        ***

どういう経緯でそうなったのか。よく覚えてないのだけれど彼女とお互いのメルマガを共同編集しようという話になった。自分ひとりで編集するより、なんかおもしろそうだし新しい読者も増えたらいいなと考えたのだ。

彼女もフリーでライターをしていて、食レポみたいなのを書いていた。なので僕のメルマガにも彼女の編集で0円食堂的な食記事を載せるようになった。僕のほうは彼女のメルマガに、貧乏レシピに似合う映画レビュー記事を書いたりしていた。

そう、彼女は貧乏だった。僕が認定したわけではなく彼女自身が明るくそう言い切ってたのだ。

彼女には年上の旦那さんがいたけれど、仕事は職人っぽいようなことをしていて旦那さんもお金にあまり興味がないらしく、ふたりでよく食べられそうな野草を探して歩いたりしてるんだと僕にも教えてくれた。

旦那さんもいい人で、僕も何度か彼女と3人で飲みに行ったりしたことがある。

カウンターだけの飲み屋で、最初は3人でくだらない話をしながら飲んでいても、最後はいつも僕と彼女が取り残されて、旦那さんはカウンターの端っこで店のご主人とご機嫌に酒を酌み交わしたりしていた。

貧乏なのにお酒を飲むお金だけは切らしたことがないのが彼女の自慢だった。よくわからないけど、そういう自慢もあるのだ。見ていると、旦那さん以上に彼女のほうがお酒好きだった。

飲み屋でも彼女はスラリとした手の甲に塩を乗せて、つまみにちょっとだけなめて日本酒を飲む。呑べえかよ。

まあでも僕も人のことは言えず、そんなに売れっ子ライターでもないのに時間とお金があれば映画ばかり観ていた。

あのころほど映画を観ていた時期はないんじゃないかと思う。映画が生活で生活が映画だった。ライターの仕事が入ってないときはだいたい渋谷のどこかのミニシアターにいたような気がする。

当時、渋谷の単館系映画館は結構充実していた。まだユーロスペースが桜丘町にあった時代だ。もういまは、シネ・アミューズもシブヤ・シネマ・ソサエティ、シネセゾン渋谷、シネマライズもない。

たぶん、3人で飲みながら僕が何かの映画の話をしたのだと思う。彼女がその映画を観たいと言った。旦那さんは映画にはまるで興味がない。

「観てくれば? 一緒に」

旦那さんがいつものように酔っぱらいながら言った。言いながら割りばしで掴みそこなっただし巻き玉子が皿の上で小さく崩れた。

「行こうよ。今度の水曜日」
彼女が僕の意思確認をすっ飛ばして言った。べつにいいけど。

部屋に帰ってネットで調べてみると、先週までは渋谷でやっていたけれど、その週からは横浜の下町にある単館での上映になっている。

僕はその頃、東急池上線ユーザーで彼女は東横線ユーザーだった。彼女に合わせてみなとみらい線になる前の桜木町で待ち合わせることになった。

        ***

夏休みだからなのか、電車が着くたびに白いシャツの営業マンや中高年に混じって親子連れが降りて来る。待ち合わせした時間になっても彼女は現れない。彼女は携帯を持っていないのだ。

お金もかかるし持ちたいとも思わない。携帯を持ってないほうが時間をたくさん持てる。たしかそんなことも言っていた気がする。

結局、上映時間を少し過ぎてから彼女が手を振って改札から現れた。もし、これが自分の彼女ならすごく心配するか、あきれるか何かしらの感情が表出したのかもしれない。

「過ぎちゃった?」
「うん。次の回があるかもしれないけど」
「いいよ。映画は。それより歩きたい。歩こ?」

とくに賛成も反対もなかったので歩くことにした。港のほうではなく反対側の野毛に出て、動物園通りという小さな通りを歩く。

途中にあったコンビニになんとなく入り、それが自然なように彼女は缶ビールや小さなワイン、ペットボトルの水、なんとかイカと書かれたおつまみやスナック菓子を買った。

打ち合わせなどでもなく彼女とふたりで知らない街を歩くのは初めてだ。

どういう種類の時間なんだろう。彼女の横を歩きながら考えてみたけれど、結局、自分でもよくわからない。まあ、彼女もとくに意味なんかないんだろうなという気がした。

「ここ、いいんじゃない?」

坂を上り、少し丘になったところに街を見渡せる場所があった。下の方に夏の夕方の気怠さをまとった古い団地と給水塔が見える。いまならエモいと言われるやつだ。

ふたりで缶ビールを飲み、ワインを買ったのに紙コップを買わなかったので、まあいいかと思いながらそのまま飲んだ。

彼女とも呼べない彼女と、知らない街の風景を眺めながら飲んでいると、夏が通り過ぎようとしているのがわかった。夏だけではない何かも僕の横を通り過ぎようとしている。

僕は独り暮らしで、上場企業の経営者を取材した日の夜に、生きづらさを抱えた人たちのコミュニティに顔を出し、朝までこたつで飲みながら取材するような生活で、どこに向かっているのか、どこまで行けばいいのかもよくわからなかった。

「いいなぁ、水って自由で」

マジックアワーと呼ぶには少し何かが足りない夕暮れを見ながら、ペットボトルの水を手にした彼女が不意に言った。

「なんで?」
「かたち。でも自由にしちゃうと、すぐ蒸発して消えちゃうね水」

それだけ言うと、彼女は指先についたスナック菓子の粉をじっと見つめた。きれいな指、と僕は一瞬思った。
スナック菓子の粉がついたきれいな指の彼女。

長い指先はどこも指してはいなかったけれど、あの夏の指先を思い出すとき、自分がすごく遠くまで来たんだなと思う。


■林伸次
1969年徳島県生まれ。レコード屋、ブラジル料理屋、バー勤務を経て、1997年にbar bossaをオープンする。2001年、ネット上でBOSSA RECORDをオープン。選曲CD、CDライナー執筆多数。『カフェ&レストラン』(旭屋出版)、『cakes』で連載中。著書に『バーのマスターはなぜネクタイをしているのか』『バーのマスターは、「おかわり」をすすめない』(ともにDU BOOKS)、『ちょっと困っている貴女へ バーのマスターからの47の返信』(アスペクト)、『ワイングラスの向こう側』(KADOKAWA)、『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』(幻冬舎)がある。

最終更新:9/19(木) 14:05
幻冬舎plus

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