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鮮やかな復活を遂げた渡辺明三冠――苦境からの脱出を支えたモチベーションとは何だったのか|朝日新聞記者の将棋の日々

9/19(木) 6:05配信

幻冬舎plus

村瀬信也(朝日新聞 将棋担当記者)



「今回の棋聖戦五番勝負に勝ってこそ巻き返しがなると思い、強い気持ちで臨んだ」

9月4日に都内で開かれた棋聖就位式。紋付き袴姿の渡辺明棋聖は謝辞の中で、自身2度目となる「三冠」を達成した戦いを、こう振り返った。

棋聖と王位を保持する豊島将之名人に渡辺が挑戦した五番勝負。三冠と二冠の対決とあって、注目度はひときわ高かった。開幕戦は豊島が制したが、その後は渡辺が3連勝。先輩の貫禄を見せつける結果となった。 

渡辺は、今年出場した三つのタイトル戦を全て制している。この原稿を書いている現在でも、今年度はまだ豊島にしか負けていない。まさに「飛ぶ鳥を落とす勢い」と言える状態だが、今後の目標について語る口ぶりは慎重だった。

「前回より長く三冠を維持するのが目標です。それ以上の大きな目標を言うと、あまりいいことがないので、言わないでおきます」

「もう少し威勢のいいことを言ってもいいのでは」と感じたが、タイトルを一つ取ることの大変さを身にしみてわかっている棋士だからこその言葉だったと思う。

どんなに一流のプレーヤーでも、勝ち続けることは難しい。数々のタイトルを手にしてきた渡辺にスランプが訪れたのは、2年前のことだった。2017年度は初の負け越し(21勝27敗)を経験し、順位戦では最上位のA級から陥落。竜王戦七番勝負では羽生善治九段に敗れてタイトルを奪われ、史上初の「永世七冠」を許した。

決定局となった第5局の感想戦の光景は、今も印象に残っている。「ここはもう、形作りみたいです。レールに乗っていますね」「この竜が、いない方がいい駒になりました」。どことなくユーモラスな渡辺の自嘲は、偉業達成に水を差さないようにという配慮だったのだろう。だが、翌日更新されたブログにはこうあった。「今は改めて出直しという気持ちですが、具体的にどこを修正すればいいのかは分かりません」。不振にあえぐ棋士の本音がつづられていた。

しかし、渡辺はここから鮮やかな復活劇を演じる。自身の将棋を見つめ直し、新しい戦術を取り入れたことが実を結んだのだ。2018年度は、B級1組順位戦で12戦全勝を果たし、A級に復帰。王将戦は4連勝でタイトルを奪取し、棋王戦でも防衛に成功した。勝率8割(40勝10敗)は過去最高の成績で、その勢いは今も続いている。

棋聖戦五番勝負の開幕前、渡辺にインタビューする機会があった。勝てなかった時期の心境や復調に至るまでの取り組みなど、話題は多岐にわたったが、私が最も聞きたいのは、「モチベーション」だった。

渡辺は以前から、「将棋は仕事。研究は勝つためにするもので、楽しいものではない」という趣旨の発言をしている。思うように勝てなかった頃、自宅で将棋盤に向かう気が起きない日もあっただろう。それでも地道な努力を続けられた原動力は何か――。

渡辺は「そうですね、うーん……」と考え込んだ後、こう語り始めた。「10代の頃、30代の羽生さんが何をモチベーションにしているんだろうと思っていたんですよ。もし自分もタイトルを取ることができて、30歳になったら何がモチベーションなんだろうと。少なくともお金じゃないだろうなとは思っていました」。そして、こう続けた。「30代になってみたら、それはプライドだったんですよね」

渡辺は長年、羽生を始めとする年上の世代に挑む存在だった。しかし、世代交代が一気に進み、今や他の4人のタイトル保持者が全員年下という時代になった。20代、そして10代の若手に追われる立場になり、どこまで今の地位を保てるか。その指標となるのがタイトルであることは言うまでもない。

「常にタイトルを持っているということが、最大のモチベーションです。それがゼロになった時に、気持ちの部分でガタッとこないようにしたい。羽生さんのように、連続27年とは思わないですけど」

渡辺は初めて竜王を獲得してから14年8カ月間、常にタイトルを保持し続けている。大山康晴十五世名人の14年10カ月を抜いて、単独2位となることは確実になった。記録はいつまで続くのか。そして、今後は三冠ではなく、「四冠」になるのか。もし四冠を果たせば、史上6人目の快挙となる。


■村瀬信也(朝日新聞 将棋担当記者)

最終更新:9/19(木) 17:05
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