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父が心配した守備で見せた「確実性」。ドラ1太田椋の強さとしなやかさ。

9/19(木) 11:41配信

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 9月14日、オリックスのドラフト1位ルーキー、太田椋が一軍デビューを果たした。

 試合前の練習では、親子対決も実現した。いや、正確には対決ではないのだが……。

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 太田の父、暁さんはオリックスの一軍で打撃投手を務めている。普段は外国人選手や主軸の選手に投げることが多く、一軍に初昇格したばかりの選手が、打撃練習で暁さんの球を打つのは異例だが、練習順を決める下山真二打撃コーチの粋なはからいにより、中学生の時以来の、親子での打撃練習が実現した。

 「打ちやすかった」と笑顔で振り返る息子とは対照的に、父は、「僕のほうが緊張しまくりでした」と顔を引きつらせた。

 それでも、「楽しく投げられた。幸せですね。本当にありがとうございますという感じです。実力的にはまだまだですけど、いい経験をさせてもらっていると思います」としみじみと語った。

一軍合流が決まった状況での骨折。

 「今シーズンは一軍に来ると思っていなかった」と暁さんは言う。開幕前、太田が不運な怪我に見舞われ、大きく出遅れたからだ。

 天理高校からドラフト1位で今年入団した太田は、早くから評価され、3月のオープン戦で一軍に合流することが決まった。ところが、合流する前日の8日、二軍の教育リーグ・ソフトバンク戦で千賀滉大から右腕に死球を受けた。右尺骨骨幹部の骨折で全治は3カ月と診断され、手術、入院を余儀なくされた。

 しかし回復は早く、約3カ月後の6月4日、ウエスタン・リーグのソフトバンク戦で実戦に復帰した。

 怪我をする前よりも下半身は明らかに太くなっており、バットを握れない期間も、充実したトレーニングを行なっていたことがうかがえた。

息子の一軍デビューに「ドキドキ」

 その後は二軍で、主に1番または3番・遊撃手で試合に出続け.267の打率を残し、本塁打も5本放った。そしてチームが9連敗と苦しんでいた9月、一軍に呼ばれた。

 息子の一軍デビューの日、暁さんは一日中緊張しっぱなしだったと言う。「ドキドキで、心臓が止まるかな、というほどでした」と、試合はバックネット裏から見守った。

 打席よりも、守備の時間のほうが心臓に悪かった。

 「バッティングのほうは、そう簡単に打てるもんじゃないとわかっているので。でも守備のほうは、ミスしてしまったら……というのがあって」

 しかし太田本人は、初打席は緊張したが、守備では浮き足立つことはなかったと振り返った。

 太田はショートの守備に自信とこだわりを持っている。入団会見の時から、アピールポイントを聞かれて、「守備の確実性」と答えていた。

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最終更新:9/19(木) 12:41
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