ここから本文です

政官関係の変質:政治主導は成功したのか

9/20(金) 15:45配信

nippon.com

田中 秀明

「政と官」の関係は、第2次安倍政権以降に大きく変質。首相官邸の力が強くなり、「忖度政治」という用語まで登場した。筆者は、過度な政治主導の副作用として政策決定過程が劣化していると指摘、その是正に向け、公務員制度の改革が必要だと提言する。

日本の政府は、これまで「官僚主導」と呼ばれてきた。今では、これは否定的な意味で使われることが多いが、第2次世界大戦後の経済発展過程においては、優秀な官僚たちが政府のかじ取りを行っていたと肯定的に評価された。特に、海外からそのような指摘がなされた。その代表例が米国の社会学者であるエズラ・ヴォーゲルであり、彼は、その著書『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(1979年)で、長期雇用などの日本型雇用と並んで、優秀な通商産業省や大蔵省の官僚たちが経済や産業を主導し、日本の競争力を高めていると、官僚の役割を絶賛した。

しかし、90年代初頭のバブル崩壊を契機に日本経済は長期にわたり低迷し、接待汚職など官僚の不祥事も続いた。官僚主導が批判され、政治主導に向けた政治・行政改革が進められた。それでは、政治主導は期待した成果を挙げているのだろうか。本稿では、これまでの政治主導に向けた改革を振り返りながら、第2次安倍政権以降の政官関係に焦点を当て、政治主導の実態と問題を議論する。

「政策決定の軸」を担った日本の官僚

現状をレビューする前に、第2次世界大戦後の自民党政権における政官関係を振り返る。

官僚主導とは、一般には、政策に関わる意思決定において、国民から選ばれた政治家ではなく、官僚が主導権を握っていることを意味するが、なぜそうなるのか。図1の左は、伝統的な戦後の自民党政権における内閣、官僚、与党議員の関係を表したものである。ポイントは、本来政府を代表する内閣(首相や各省の閣僚で構成)の力が弱く、与党議員と官僚が大きな位置を占め、両者がパートナーとなっていることである。

政府の主な仕事は、教育や医療などの政策をつくり、それを実施することであるが、それには法律が必要である。一般には、各省庁がそれぞれの所掌に応じて法律の原案を作成し、閣議決定の後、国会に提出する。これは政府内での作業であるが、法律をつくるためには、与党との調整も必要である。

具体的には、閣議決定の前に、全ての法案は与党の事前審査を受ける仕組みになっている。事前審査とは、自民党内の政務調査会の関係部会の了承と総務会の全会一致の合意がないと、政府は法案を提出することができないという慣行である。法案は政府が作るとしても、国会で多数を占める与党議員の協力がなければ、法律にはならないからである。

諸外国の議会でも、政府と与党の事前協議が行われる場合があるが、協議で完全に法案の内容を固めてしまうわけではなく、委員会審議の場で実質的な法案修正作業が行われる。しかし、日本では、国会に法律が提出される前に、与党が修正する。一方で、国会審議は、もっぱら野党が反対するための場になり空洞化する。政府提案の法律が、与党や与野党合意で修正されることもあるが、例外的である。

政府と与党、更に関係業界という、いわゆる「鉄の三角形」において、合意形成や調整を担ってきたのが官僚たちである。官僚たちは黒子であったが、政策形成の軸となっていたことから、官僚主導と言われたのである。

このように説明すると、官僚の方が政治家より強い権限を持っていると思うかもしれないが、自民党の政治家は官僚の言いなりになっていたわけではない。

この点を明らかにしたのが、米国の政治学者であるジョン・マーク・ラムザイヤーとフランシス・ローゼンブルースである。彼らは、著書『日本政治の経済学―政権政党の合理的選択』(1993年)で、自民党の部会や調査会は、「拒否権プレーヤー」だったと分析した。政策や法律の細かい作業は、基本的には官僚たちに任せつつ、それが政治家の利害と反する場合は、待ったをかけていた。

1/3ページ

最終更新:9/20(金) 15:45
nippon.com

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事