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イメージはタキシード!フィアット創業120周年を記念した500と500Cの限定車が登場

9/20(金) 18:26配信

Auto Messe Web

今となっては日本の足としても大活躍

 2007年に復活した500(チンクエチェント)が出るまでフィアットの印象は、“少し変わった”クルマ好きが乗る小洒落たイタリア車だった。ところがフィアット500がデビューしてからは、一躍有名となり、現在では日本中の街中で見かけるようになった。

2シーターの初代FIAT500のサイドフォルムはまるでチョロQ

 ルパン三世の愛車としても知られるあの小さくて丸っこいクルマに代表されるイタリア最大の自動車メーカー「フィアット」が創業120周年を迎えた。

 社名のFIAT(フィアット)とはトリノ自動車製造会社を意味するイタリア語「Fabbrica Italianna Automobili Torino」の頭文字をとったもので、ジョバンイ・アニエッリなど実業家の出資によって1899年に創業した。余談だが、自動車のみならず鉄道、船舶、飛行機などの産業分野にも進出していた巨大コングロマリット企業だ。

 フィアットは同年に自社初となるバックギアも搭載されていない「フィアット3 1/2HP」を生産。1902年にはレース専用車を製作し、ヒルクライムレースで優勝するという歴史を残している。その後はフィアットは常に革新的技術を投入したクルマを世に送り出していった。

 そして、1936年に発表されたトッポリーノ(ハツカネズミ)というニックネームを持つ、初代フィアット500が登場した。1953年に公開された映画「ローマの休日」で王女役のオードリー・ヘップバーンを撮影しようとするカメラマン役のグレゴリー・ペックが乗っていたクルマ、といえばイメージできる方もいるだろう。1955年まで生産され50万台以上が販売される成功作となった。ところが、大成功をしたフィアット500にひとつだけ問題があった。それは二人乗りだったということだ。

 それを踏まえて1957年に登場した2代目はもっとスペースを効率に使うために、フロントエンジン・フロントドライブからリアエンジン・リアドライブのRRレイアウトを採用したことで、家族4人が乗れるシティコミューターへと進化した。わずか3メートルにも満たない全長に全幅は1.32メートルといった小型車は、イタリアの狭い路地が多い交通事情にはピッタリだった。

 フィアットは2代目500が想像以上にヒットし好景気が訪れたことで、大衆車のラインアップを増やしていった。1979年には自動車部門が独立し、フィアットオートS.p.Aを設立。ここにフィアット、ランチア、アウトビアンキ、アバルト、フェラーリ、1984年にはアルファロメオ、1993年にマセラティを傘下に入れるほど巨大企業となっていった。

 日本ではインポーターが二転三転とした時代もあったが、FCAジャパンとして現地法人を構えてからは成長を遂げ、2代目フィアット500の発表からちょうど50年目に当たる2007年に現行モデルがトリノでデビューしてからはクルマに興味のない女性から「かわいい」「オシャレ」といった声が聞こえるほどメジャーになった。また人気の500に加え、パンダやアバルトと小型車に特化したラインナップとなっている。

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最終更新:9/20(金) 18:26
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