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飲み会などで本書の内容を我が物顔で語るのは「カッコよく」ない

9/20(金) 8:00配信

Book Bang

「カッコいい」とはひとつのパラドクスだ。「カッコいい」ものはしばしば時代と共に移り変わる。にもかかわらず、それは多くの人を熱狂させる。普遍性をもたない圧倒的な力。これを一般化して定義するのは不可能で、著者は「しびれる」ものという身体感覚から捉えている。

 このような意味で「カッコいい」という言葉が使われだしたのは、ロックが日本文化を席捲した一九六〇年代だという。ここから著者の筆は「恰好が良い」、「義理」といった言葉に「カッコいい」の起源を求め、さらには「クール」、「ヒップ」などの外国語との比較考察にも及ぶ。また、ボードレールやワイルドのダンディズムに「カッコよさ」の原型を認めるかと思えば、辰吉丈一郎や『仁義なき戦い』まで引き合いに出し、教養とユーモアで読者の心をつかむ。

 どうやら取り上げられる事例の多くは、著者自身が「カッコいい」と思うものでもあるようだ。つまり本書は、「カッコよさ」を客観的に物語りつつ、同時に著者の嗜好を開示する。実際、普遍性を備えていない「カッコよさ」を語るには、自分の体感を基準に語るしかないだろう。

 ただし本書は、決して著者の考える「カッコよさ」を押し付けてはいない。むしろ、特定の事物だけにこだわらず、著者の好奇心のアンテナに引っかかるものをバランスよく取り上げることで、「カッコいい」という言葉を多様性へと開いている。熱狂と分人主義とのクールな共存。これは著者も警戒している、戦争の美化など「カッコよさ」の政治利用に惑わされないためにも必要な知恵である。

 最後に、いくら著者の蘊蓄に感心しても、飲み会などで本書の内容を我が物顔で語るのはおよそ「カッコよく」ない。それよりも、本書の語り口を参考にして、読者各自が自分の「カッコいい」を見つめ直せばよいだろう。

[レビュアー]武田将明(東京大学准教授・評論家)

新潮社 週刊新潮 2019年9月19日号 掲載

新潮社

最終更新:9/20(金) 8:00
Book Bang

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