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突然、歩けなくなり……新しい人生が始まった

9/21(土) 21:00配信

ハルメクWEB

ダウン症である長男の誕生、夫の突然死、そして自身も40歳の時突然の病気によって、車いす生活を送ることになった岸田ひろ実さん
当たり前にできたことが一人でできなくなり、絶望の淵にあった彼女に、娘が言った言葉とは?

岸田ひろ実です。車いすに乗っています

皆様、はじめまして。岸田ひろ実です。私は車いすに乗っています。2008年、ある日突然、病気の後遺症で歩けなくなりました。

しかし、私はこれまで生きてきた人生の中で今が一番幸せです。そう思えるのは「死んでもいいよ」という娘の言葉がきっかけでした。

突然訪れた絶望。自分の足で歩けない

私は、三人家族で暮らしています。26歳の長女と、ダウン症がある22歳の長男。夫は13年前に病気で亡くなりました。

私は一応完璧主義者といいますか、夫が亡くなってから、母親として家族を守らなくてはいけないと、子育て、家事、仕事、すべてに手を抜けませんでした。

1日4時間の平均睡眠時間ながら、仕事のやりがいと楽しさで心が満たされ、没頭する日々を送っていた矢先のことでした。

ある日突然、「大動脈解離」という病気に襲われたのです。緊急搬送された病院で宣告されたのは、「命が助かる確率は2割以下」であること。

緊急オペは7時間超に及び、幸いにも一命を取りとめることができました。

ところが、目覚めた私は、手術中の後遺症で麻痺が残り、胸から下が全く動かなくなっていました。その日から、私は当たり前にあったはずの全てを失いました。

長女は歩けなくなった当時の私を一生懸命励ましてくれました。しかし、私はその励ましをうまく受け取ることができませんでした。失ったもの、できなくなったことがあまりにも大きすぎたからです。

寝返りをうつことすら一人でできない、そんな私にはどんな慰めの言葉も届きませんでした。

絶望

その時の私を表すならば、この言葉以外にはありません。

しかし子どもたちには、落ち込んでいる姿を見せたくありませんでした。「ママは大丈夫だよ」と、いつも笑ってやり過ごしていました。

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最終更新:10/2(水) 16:03
ハルメクWEB

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