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セネガルでも国技 国民が熱愛し熱狂する格闘技

9/21(土) 10:21配信

NIKKEI STYLE

 大相撲秋場所は、明日で千秋楽。相撲は日本の国技だが、西アフリカのセネガルでも人気が高い。セネガルでは、サッカーも人気で、選手権の期間中、街頭の小さなテレビ画面の前に何十人もの男性が人垣を作る。だが、スタジアムを一杯にし、群衆を熱狂させるのは、やはり「セネガル相撲」だ。写真で紹介しよう。

【写真】成功を夢見て土俵で闘う男たちの姿

 セネガルでは、日刊紙はセネガル相撲の最新情報を伝え、選手たちの顔は、公共のバスや屋外の大きな看板でしょっちゅう目にする。ルールは簡単。基本的に両手両膝をつくか、尻や背中がつけば、負けになる。

 セネガル相撲のプロ選手、アブドライ・シイさんの日課である厳しい練習は「特別な試合」の4カ月前から始まる。毎朝6時に起き、祈り、マラブー(地域の宗教指導者)が指示した秘密の液体を頭に注いで幸運を願う。そしてダカールの砂浜に出かけ、身の引き締まるような夜明け前の空気の中で稽古する。

 来月、シイさんは、中国の資金でできた新しいアリーナで戦う。体を厳しく鍛え上げるのと同じくらい、霊的な力を味方につけることにも熱心だ。朝の神秘的な「沐浴」に加え、夕方にはイスラム教の聖典コーランの引用を書いた何枚もの紙片を水の入ったびんに入れ、その水を体に注ぐ。

 夕暮れどきのダカールでは、青年たちのグループが砂浜で走り、相撲の練習をする。最高峰の選手たちが稼ぐ数千万円のたとえ一部でもいいから、いつの日か手にすることを夢見ているのだ。「若者たちにとって、伝統に敬意を払いつつ、外国に移住せず国内で成功する方法だと言えます」と、セネガル相撲を10年以上研究している人類学者、ドミニク・シュビ氏は語る。

 多くの人にとっては「戦うか、丸木舟か」なのだという。相撲をやるか、ヨーロッパにチャンスを求めてボートに乗り、地中海を渡るか、ということだ。

■成功を夢見、伝統を守る

 この競技は数世紀前、セネガルの辺境の村で戦争に備えた訓練として始まった。現在では数億円規模の産業に成長したが、今もそのルーツを失ってはいない。選手たちは、アリーナにやってくるときはボクサーのようなジャージを着ているが、その下には、宗教指導者マラブーが作ったお守りを身に着けている。

 1年前に競技をやめたンディールさんは現役時代、伝統的なパーニュ(腰布)を身に着け、グリ・グリ(魔除け)を全身につけていた。上腕にはめた羊の皮の腕輪には、力をもらえるよう、コーランの引用がぎっしり書き込まれていた。首に着けた貝のネックレスは身を守るためのもので、頭には、赤く染めた革で飾った伝統の麦わら帽子を被った。マラブーの助言に従い、おじから贈られた物だ。

 グローバル化の影響は、このアリーナでも感じられる。選手の民族や地域によって違う伝統の踊りや歌、詩が次々と披露されるが、出演するグループは、スポンサーである通信会社のTシャツを着ている。しかし「グローバル化によって慣習が完全に消えたわけではありません」とシュビ氏は言う。「セネガル相撲は、今も間違いなくセネガルならではの『領域』であり、セネガルの人たちは、それを伝統として守っているのです」

 大きな危険を伴う競技でなければ、今でも選手を続けていただろうと、ンディールさんは話す。「ランブ」とも呼ばれるセネガル相撲は、素手の拳による打撃が可能で、選手が着ける防具はマウスピースだけだ。ンディールさんは今は50人の警備チームを率いて近隣の安全を守っている。

「戦うのはやめてほしいと母から頼まれました。母親はみんなそう言うんです」

文 ANNA PUJOL-MAZZINI、写真 CHRISTIAN BOBST、訳 高野夏美、日経ナショナル ジオグラフィック社

最終更新:9/21(土) 10:21
NIKKEI STYLE

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