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バイきんぐ、月収1万&借金100万から『キングオブコント』優勝で人生逆転!「結婚しようが何しようが、人生で優勝以上に嬉しいことはない」

9/21(土) 7:35配信

ザテレビジョン

2012年に「キングオブコント2012」で優勝し賞金1000万円を獲得、一躍スターとなったお笑いコンビ「バイきんぐ」。実は、デビューから優勝までの16年もの間は、自らの笑いを信じつつも活躍の場はほとんどなく、事務所を転々とし“月収1万円”の芸人としての稼ぎだけでは食べていけないため、アルバイトで生計を立てる報われない日々だった。

【写真を見る】苦い表情で報われない16年間を語る小峠英二…

本日9月21日(土)に開催される「キングオブコント2019」(夜6:55-9:54ほか、TBS系※一部地域は夜7:00より放送)の大会アンバサダーを務め、次なるスターが生まれる瞬間を見守る彼らに、当時のことを語ってもらった。

■ 事務所を転々とした若手時代…月1日のライブ以外はアルバイト

――バイきんぐはもともと大阪で結成し、大阪吉本に所属して4年ほど活動していましたが、「モチベーションを保つのが難しくなった」と上京を。なぜ、難しく?

小峠英二:当時、若手芸人のホーム劇場「baseよしもと」(現在は閉館)に出演できる機会は月に一度しかなく、吉本は芸人の数も多い。お笑いができればどこでもよかったので、東京へ行こうと思いました。

西村瑞樹:僕は相方から聞いて「お前が言うのなら、そうだな!」と。

――コンビ愛が深いですね(笑)。月1日はライブとして、残りは何を?

小峠:酒屋さんで、配達のバイトを。

西村:僕はコンビニで働いていました。

――生活の中心がアルバイトだったんですね。そして心機一転、東京に。最初はワタナベエンターテインメントに所属されますが1年でやめて、東京吉本へ。

西村:大阪吉本から上京した場合、東京吉本に所属するのが普通のルートです。ただ、僕らは東京吉本がどんなことになっているかを一切調べずに出てきたので、上京してみてびっくりですよ。

銀座7丁目劇場や渋谷公園通り劇場など、若手が出られる劇場は全て閉館していました。しかもルミネtheよしもとは、まだできていない時期で。

――東京吉本の劇場氷河期ですね。

西村:「これは東京吉本に行っても、大阪時代と同じことになるぞ」と思ったんです。

それで最初は、大阪で同期だった「ゴリけん」がいるワタナベエンターテインメントに、とりあえず行きました。でも結局合わず、東京吉本に移籍したんです。

その頃には、ルミネtheよしもとがオープン。出演できる権利を得るためのライブが行われていまして。3位以内になれば出られるんですが、出演権を争うライブ自体が月に一度しかなく…。

「このままでは、うだつが上がらなそうだな」と、辞めたんです。

――そこからすぐ、現在所属しているソニー・ミュージックアーティスツ(以下・SMA)に?

西村:いえ、3年くらいフリーの時期がありました。事務所のオーディションをあちこち受けたりしていましたね。

小峠:ライブに出演できるのは月に1回くらいで、パソコン配達のバイトで食いつないでいました。

西村:僕は東京でもコンビニでバイトしていました。

――どのような経緯でSMAに?

西村「ソニーにお笑い部門ができる」と聞いて、じゃあ行ってみようかと。

――2016年の「R-1ぐらんぷり」で優勝されたハリウッドザコシショウさんも、大阪吉本からSMAに移籍してますよね。

西村:はい。しかもザコシショウさんも吉本やワタナベエンターテインメントを経てSMAと、僕らと同じルートを辿っていました。SMAの立ち上げで久々に再会したんですが、数奇な運命ですよ(笑)。

■ 初挑戦の「キングオブコント」で準決勝進出!しかし翌年は大スベり…

――「キングオブコント」は2102年の優勝までに、2008年の第1回と2011年の第4回に準決勝まで進出を。第1回で準決勝まで行ったことで、「今後トントン拍子に売れるのでは」という期待は?

西村:ちょっとだけ、ありましたね。しかも「キングオブコント」は準決勝に進出すると、翌年はシードで2回戦から出られるんです。

それで2009年もいけるかなと思ったら…むちゃくちゃスベって「あれっ?」と(笑)。

小峠:うん、あの年は全くダメでしたね。

――当時は小峠さんがボケ、西村さんがツッコミと、現在とはポジションが逆だったんですよね。さらに次の2010年も、準決勝まで行けていませんが…。

西村:でも、その年はウケたんですよ。だから、なんとなく光が見えてきた感じはありました。

小峠:ただ、はっきりと先が見えているわけではなかったので…しんどかったです。ライブに出ても、日によってウケたりスベったりと、なかなか安定しない。

自分の中で、“核心的な笑い”ができていない時期でした。模索している最中だったので、しんどかったのだと思います。

――低迷期に引き受けた、忘れられない仕事はありますか?

西村:正月特番のワンコーナーで「人を追い込んだら、超能力は開花するか」みたいな企画があったんです。挑戦するのは、あまり知られていない若手芸人たち。

秩父のある神社で合宿しながらの収録でした。紙コップの底に文字を書き、その上に紙コップをかぶせると字が見えなくなるじゃないですか。それを「透視で当てろ」という企画で、当たらないと食事抜きです。

――そんな過酷な!絶対、無理じゃないですか。

西村:僕は…できたんです(笑)。3食、毎回食べられました。

でも相方は全然当てられないから断食状態になり、脱走しようとしたんですよ。「マジで危ないからやめとけ!」と必死に止めました。

真冬に山の上から単身で逃げるなんて、無謀にもほどがありますから。

小峠:おかげで僕は、我慢するしかなかったんですよ(笑)。

――西村さんの不思議な力は、のちに活かされたんですか?

西村:これが、家に帰ったらさっぱりなくなっていました(笑)。秩父のパワースポットでロケをやったから恩恵を受けたのかなと、今では思っています。

――なるほど(笑)。そのお仕事も相当大変そうですが、振り返ってみて、どん底だった時期は?

西村:フリーだった時期ですね。ネタ合わせは月に1回やるかやらないかで、ほぼバイト三昧でした。

僕はバイトを2つ掛け持ちしていて、朝から夕方までスパゲティ屋さんで働き、帰宅して一旦仮眠したら、深夜のコンビニのバイトへ向かう日々。

「俺はいったい何をやっているんだろう…」と思っていました。

――ちなみに、借金を抱えたことは?

小峠:僕はないです。

西村:コイツはクリーンな男なんですよ(笑)。売れない芸人なら普通はあるはずなのに、一度も借金を抱えたことがない。

僕は「キングオブコント」優勝の時点で、100万円くらい借りてましたから。

――2つバイトしても、そんなに!

西村:逆に借金がありすぎたので、バイトを掛け持ちすることになったんです。「キングオブコント」の優勝賞金で完済できました。

――つらい時期が長いと、解散の話題が出そうですが…。

2人:出ましたよ。

西村:3~4回、出たんじゃないかな。全部、事務所に所属していないフリーの時期です。

2人とも言い出したことはありますが、2人同時に辞めたくなったことがないんですよ。

片方が「辞めたい」と言っても、もう1人が「続けよう」と言って、結局続けることになるんです。

――それぞれ、相方が「辞めたい」と言ったときに、引き留めた理由は?

西村:単純に「いつか売れる!」と思っていたからです。

小峠:うん、僕もどこかで「イケる!」と思っていました。

――辛い時期でも、自分たちの“笑い”を信じていたんですね。小峠さんが言っていた“核心的な笑い”をつかむことになったきっかけは?

小峠:2カ月に一度、新ネタを6本下ろすライブをやった時期があるんです。

大量にネタを作らなきゃいけなかったので、僕がボケて西村がツッコむ(当時の)通常のパターン、それを逆にしたパターン、2人ともボケるダブルボケパターンなど、いろいろなバージョンを作ったんです。

それで「お客さんが求めているのは、僕がツッコんで西村がボケるネタなんだな」と分かったあたりですね。

――それは、いつごろですか?

小峠:「キングオブコント」優勝の3年前です。

■ 小峠「この先に何をしようが、人生で優勝以上に嬉しいことはない」

――そして、デビューから16年目。ついに「キングオブコント2012」で優勝し、長い下積み生活の苦労が報われます。予選の段階から「今年はバイきんぐが行くだろう」と、芸人さん達の間では話題に。

西村:前年も「決勝に行ける」と確信できるほどではなかったものの、お客さんからのウケ自体はよかったんです。

あとから「実は決勝進出の当落線上にいて、ギリギリのラインで行けなかった」と関係者に聞いて。だからこそ、余計に気合いが入っていました。

――それだけの実力があったにも関わらず、この時期もまだ小峠さんは害虫駆除、西村さんはクレーム処理のバイトを。優勝前の、お笑いとバイトの収入の比率は?

2人:ほぼバイトです(笑)。

小峠:芸人の収入は、月に1万円あるかないかでした。

西村:1万いけば、いいほうだったよね。

――小峠さんは決勝当日の朝まで、害虫駆除をしていたそうですね。この年は勝負を賭けていたはずなのに、なぜ朝までバイトを?

小峠:逆に、普段通りの生活をしようと思ったんです。気負わないようにするために。

――なるほど…。そして、1stステージは教習所のネタ、2ndステージは実家ネタと、2本ともレベルの高いネタで番組史上最高点を獲得し優勝を決めました。「優勝できる」と確信した瞬間は?

西村:ネタをやる順番が決まったときですね。

トップバッターになってしまうと、やっぱり厳しい。ネタは自信のある2本だったので、心配なのは順番だけでした。ガッチリいい位置についたので、これはイケるなと。

小峠:僕は予選が始まる前から「今年は優勝する!」と宣言していました。「目標は決勝進出じゃなく、優勝だ!」と相方にも言っていましたし。

――本番前から、お2人には“優勝”しか見えていなかったと。そして実際に優勝が決まったとき、小峠さんは目に涙を…そのときのお気持ちは?

小峠:単純に、嬉しかったです。この先、結婚しようが何をしようが人生であれ以上に嬉しいことはないと思います。

そして「ああ…報われた」という思いですね。あの瞬間「初めて芸人として、自分のお笑いを認められた…!」と実感できました。

――西村さんは優勝が決まったときも、ひょうひょうとしていましたが、どんな感情を?

西村:「信じられないな」でした。僕は、結局最後まで涙は出ませんでしたね(笑)。

――改めて、伺います。バイきんぐにとって、「キングオブコント」とは?

小峠:“人生を変えてくれた大会”です。あれがなければ、もしかしたらまだ食えていなかったかもしれません。

――「まだ食えていなかったかも」ということは、たとえ売れていなくても、芸人を辞めることはなかった?

小峠:辞めてはいないでしょうね。

――なぜそこまで、芸人という仕事に惹かれるのでしょう?

小峠:単純に、“お笑い以上に好きなものがない”からです。それが仕事としてあるのであれば、ずっと続けたい。

寝るよりも遊ぶよりも酒を飲むよりも、僕は結局“お笑いが一番好き”なんです。

それ以上に好きなことがないので、やっているんでしょう。売れていなかったとしても、やっていたでしょうね。

――では、西村さんにとって「キングオブコント」は?

西村:ビッグチャンス(笑)!

――(笑)。そして今年、お2人は「キングオブコント」の大会アンバサダーを。次にビッグチャンスをつかむのは、いったい誰なのか。ぜひお2人から「キングオブコント2019」の注目ポイントを。

小峠:今までは芸歴の長い芸人が準決勝に残っていましたが、今回はほぼ一掃され、若い人たちが中心になっています。

今までと違い、かき回す大会になるんじゃないかな。若くて新しいスター…いわゆる“お笑い第七世代”の人たちが優勝するかもしれません。

西村:今年は、一波乱あるんじゃないかと思っています。

――どんなところから、その予感が?

西村:根拠はありません(笑)!でも「一波乱あるのでは」という胸騒ぎがするんです。決勝が楽しみです!!

次なるスターが誕生する「キングオブコント2019」決勝戦は本日9月21日(土)開催!(放送は夜6:55-9:54ほか、TBS系※一部地域は夜7:00より放送)(ザテレビジョン)

最終更新:9/21(土) 7:43
ザテレビジョン

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