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なぜ親会社からの使えない「天下り役員人事」はなくならないのか

9/23(月) 6:01配信

ダイヤモンド・オンライン

 なぜ長い間こんなことが放置されているのだろう。

 親会社から慣習的に関係会社に天下る役員人事のことだ。もちろん、親会社が株を持っており、関係会社側に対抗措置がないからなのだが――。

● 今年もまた本社から 「使えない役員」が来る

 天下って来た社長もそうなのだが、本社の部長クラスのマネジャーが一度も会社の経営をしたことがないにもかかわらず、「取締役でござい」と社長と一緒に大きな顔をして入ってくる弊害も甚だしい。

 親会社と関係会社がもともと1つのビジネスを完結するうえでの協力関係にあり、関係会社とはいっても、実際には1つの部や事業所といった位置づけのところに、親会社の役員や部長が入ってくる場合は、事業にも熟達しており問題にはならない。しかし、今まで一度もその領域に携わったことがなく、たとえば本社で常務だったといっても、営業畑しか経験しておらず、会社を経営的観点から眺める訓練をろくに受けていない人を送り込んでも、正直なところ、なかなか機能しない。

 関係会社の役員人事は、本来はその業務を行ううえで最適な人材を社内外にかかわらず選抜して配置すべきであり、その重要性や当人の希少性を考えれば、親会社の社長より給与が高くてもかまわないくらいのものである。しかし現実は、グループ会社の社長人事は、経験値やスキルに照らしたうえでの最適配置ではなく、本社役員の処遇問題として処理されている。

 つまり、本社の常務にまで昇り詰めたらA社かB社の社長、平取締役で終わった人は少々社格の落ちるC社かD社といったように規定のルートがあるのだ。

 さらには、その人事に合わせて新社長に従って役員としてやってくるのは、本社の普通の管理職である。そのせいで関係会社の役員会で行われる議論は部門の状況報告会の域を出なくなってしまう。

 なぜなら、彼らは本社に報告する際に聞かれそうな想定問答集の答えを埋めるためだけに、役員会に出て現場の事情や数字を聞き出すのであり、その関係会社の今後のよりよい企業活動に資する質問を発することはめったにないからである。ましてやその会社の業容や事業を展開している領域について深く学ぶ気はほとんどない。いきおい、長期的大局的な視点は顧みられず、任期満了まで、いかに安泰に大過なく過ごすかに焦点が当たった、およそ「経営」とは程遠い儀式が行われることになる。

● 関係会社にも本社にも 相乗効果をもたらす“良い例外”も

 このように天下り人事を見ていくと問題だらけなのだが、少数派ではあるものの、例外的に優秀な経営者や優秀な仕事人が関係会社で活躍して名を残すことがある。さらに、困ったことに、この人たちの活躍が成功例として喧伝(けんでん)され、天下りの正当化として利用されるのだ。

 例を挙げよう。ある関連会社の社長は、全く畑違いの本社の別部門から派遣されて来た。すると、全くもってアバウトだったその会社の計数管理に目をつけ、徹底的な見直しを進めた。その会社の儲けのメカニズムを明らかにするとともに、投資の方針を変え、会社の利益を大幅に増大させたのだ。

 社内からは当初、慣行と違うことをしている、と相当けむたがられたが、計数管理を厳格に実施することで、現場は初めてリアリティーのある数値目標を自分で立てられるようになり、実際に業績も上向いたので、その人は関連会社にとって(親会社にとっても)一転、福の神となったのである。

 別の会社では、将来本社の社長候補になるべき、とびきりに優秀な人が派遣されて来た。その関係会社のメインの業態は比較的安定しているが、多種多様な事業を実施しており、社員も多国籍であるため、マネジメントの難易度がかなり高い。関係会社において、多様性を束ねる経験をしてもらおうというのが本社の意向で、送り込まれた社長はしっかり経験を積み、成果を出していった。

 この場合、さらによかったのは、関係会社の中で、優秀なマネジャー、優秀な人材を本社側が発掘できたことである。さしずめ、サッカーの日本代表チームに外国人の優秀な監督が就任し、何年かチームで過ごすうち、優秀な選手に目をつけ、監督が任期を終えて本国へ引き上げるときに、その選手を引き抜いて一緒に連れていくようなものである。

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最終更新:9/23(月) 6:01
ダイヤモンド・オンライン

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